08
「何で炭治郎が名前ちゃんと一緒にいるんだよ」
どこか棘のありそうな一言だった。
それもそのはず。
私は我妻くんを置いて先に帰ると言って図書室を出たのに、竈門くんと一緒にこんなところに居たんだから。
我妻くんからしたら全く面白くない話だと思う。
竈門くんに向けられる鋭い視線も、私の所為だと思うと胸が痛い。
「…我妻くん、竈門くんとは今会ったばかりで…」
「善逸、」
私が慌てて口を挟む。
私の所為でこれ以上我妻くんと竈門くんの間に不用意な亀裂を作るわけにはいかない。
それなのに、竈門くんは私を軽く手で制止し、我妻くんの方を見て口を開いた。
「苗字さんが泣いていたよ」
「違っ…それはあの」
竈門くんから放たれた言葉によって、我妻くんが目を見開いて驚く。
私が竈門くんの肩を掴んで止めようとするも、既に遅かった。
我妻くんはズンズンと私達のところまで歩いてきて、それから竈門くんの肩の上にある私の手を掴むと、そのまま反対方向へ歩き出してしまう。
「……俺たちの問題だから」
「ああ」
そう言って我妻くんは私を連れて行ってしまった。
振り返って一人残された竈門くんを見たら口パクで「がんばれ」と言っていたような気がする。
ふ、と優しく微笑まれて私はまた泣きそうになった。
何で、こんなに優しいの。君は。
暫く誰も居ない廊下を歩き、それから適当な空き教室の扉に手を掛けた我妻くん。
勿論、中にも人がいない事を確認して、私と一緒に中へ入った。
バン、と音を立てて扉が乱暴に閉められた。
私は思わずビクリと身体が反応してしまったが、すぐに我妻くんが「ごめん」と謝ってくれたので、そこまで気にする事はなかった。
だけど、わかる。
我妻くんは凄く怒っている。
黒板の前で私達二人は何も言わずに立っていた。
そんな沈黙に耐え切れず、私から口を開く事にした。
「我妻くん、違うの。帰ろうとしたら、竈門くんが居て、それで…」
逢瀬をしていた訳ではないんだよ。
たまたまそこに竈門くんが居ただけなの。
それを伝えたくて、私は必死に我妻くんに言う。
我妻くんは顔を俯いて、何も言わなかった。
また二人の間に沈黙が戻ってきた。
これ以上、口を開けば余計変に思われるかもしれない。
竈門くんと私の間には勿論何もないけれど、我妻くんに疑われることだけは避けたい。
竈門くんのためにも、私のためにも。
「名前ちゃんは、炭治郎が好きなの…?」
やっと我妻くんの口から言葉が放たれた。
前にも尋ねられた言葉だった。
前と違うのは明確に否定できるという事だ。
だって、私は
「違うよ。私の好きな人は、」
我妻くんだから。
でもそれは口には出来ない。
口にしたところで迷惑だと分かっているからだ。
口にしそうになった言葉をゴクリと飲み込んで、私はゆっくり言葉を紡いだ。
「…我妻くんと竈門くんの仲を壊すようなこと、しないから」
「それってどういう意味? 俺から炭治郎に乗り換えるってこと?」
「違う! そんなことしない。二人が好きあってるから、私は邪魔にならないように…」
「…好き合ってる?」
我妻くんの低い声がその場に響いた。
そこで我妻くんは顔を上げて、じっと私を見た。
その表情は訳が分からない、というような顔だった。
「どういう事?」
「っ…」
何でそんな事説明しないといけないんだろう。
そんなの二人が一番よく分かっているだろうに。
それでも、私は口をモゴモゴしつつ、やっとまともに口を開くことが出来た。
「我妻くんは、竈門くんの事、好きなんでしょ? だから、私を彼女役にしたんでしょ?」
ズキズキと胸が痛い。
今更口にしなくても分かっている。
むしろ口にするだけで張り裂けそうだ。
我妻くんの顔が見れなくて、視線を下に下げた。
「はぁっ!?」
一寸も置かない内に、我妻くんが口を開く。
表情も信じられないくらい驚いているようだった。
…なんで?
今度は私が驚く番だった。
何でそんな反応をするんだろう。
もしかしてバレていないとでも思っていたんだろうか。
そんなのクラスのみんな思っていたというのに。
私が首を傾げ、不安な視線を送ると我妻くんは首を横に振り「彼女役ってなんだよ」と呟いた。
「俺と炭治郎が恋人って言いたいの?」
「…事実そうだよね?」
「はぁっ!?」
本気で驚いているみたいだった。
口元をひくつかせ、小さな声でまた「何言ってんの?」と言う姿は演技のようには見えなかった。
ドクン、と私の心臓が跳ねた。
「…炭治郎は、他の学校に彼女がいるんだよ。勿論、本気の。俺は炭治郎の事、友達だとは思っているけれど、それ以上になんて思ったことない。炭治郎もだ」
我妻くんの言葉で、私は目を見開き驚いた。
え? どういうことなの?
彼女? 我妻くんは竈門くんと友達? それって、つまり
「二人は付き合ってないの?」
思わず大きな声が漏れてしまった。
だけど、我妻くんはその言葉にこくりと頷き「ありえない」と口にした。
はぁ、とため息を吐いて我妻くんは片手で髪をかき上げる。
もしかして、もしかして。
私は、とんだ思い違いをしていたのではないだろうか。
確かに今まで我妻くんに口に出して確認したわけでも、彼女役をやってくれと言われた訳でもない。
私が、勝手に。
「…俺はさ、ずっと前から名前ちゃんの事、好きだったんだよ。だから、彼女になって欲しかったんだ」
真剣に私から目を離さないで言われて、ドクンと心臓が反応する。
我妻くんが、私を好き?
それって本当なんだろうか。
喜ぶ自分と疑問に思う自分。二つの気持ちが交差してぐちゃぐちゃだ。
「名前ちゃんは、俺の事を好きだったからOKしてくれたわけじゃなくて、炭治郎と俺のために彼女になってくれた、って事?」
だけど、次に放たれた言葉で私は、喜んでいる場合ではないことに気付いた。
我妻くんの表情が、この世の終わりのような絶望の色が見えたからだ。
嘘ではない。
最初はそうだった。
でも、違う。
今は、今は違う。
「それは…」
私が言葉を伝える前に、ドン、と我妻くんに肩を押された。
背中には黒板があって、至近距離に我妻くんの顔がある。
でも、ドキドキするよりも背中に冷たい汗が流れるのは、我妻くんが今にも泣きそうな顔をしているから。
自分の顔の横に我妻くんが手をついて、私を逃がさないようにしている。
逃げるつもりはないけれど、上手く説明できない。
「俺の事、好きじゃなかった…?」
我妻くんから苦しそうに吐き出された言葉に、何故か私は涙を流していた。
違うの違うの。そうじゃないの、我妻くん。
私の好きな人は、
「我妻く、」
伝えたかった言葉は、我妻くんの突然の口付けによって遮られてしまった。
全く予期していなかった行動に私は身体が固まってしまう。
私は我妻くんが、好きなの。
伝えたい言葉は我妻くんに伝わらないで、そのまま唇は離れた。
顔が離れてすぐに我妻くんは「ごめん」と一言呟いて、それから私を置いて教室から出て行ってしまう。
一人残された私は、へなへなとその場に座り込んで。
我妻くんが出て行った扉をじっと見つめる事しかできなかった。
「罰が、当たったんだ」
私の勘違いで、我妻くんを傷つけた。
あんな、あんな顔させたくなかった。
私なんかが、人の役に立てるなんて、おこがましいにもほどがあった。
人を好きになるのも、へたくそなのに。
ポロポロと零れ落ちる涙をどうすることも出来なくて、私はただずっと扉を見つめていた。
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