02
朝、教室に入ると教室の中では我妻くんと私の話題で持ち切りだった。
昨日の夕方に友達に連絡はしたけれど、一晩でこんな事になってるなんて思いもしなかった。
願ったり叶ったりなので、別にいいのはいいんだけど。
我妻くんの相手が女の私である事に皆一様に驚いているみたいで、何人かは私の元まで事実なのかと問いに来た。
私は特に何も言わずにこくりと頷いただけ。
それだけでもう十分なくらい、噂は回っている。
きっと我妻くんも喜んでくれるだろうと思った。
我妻くんはホームルームが始まるギリギリに登校して来た。
教室に入って皆の雰囲気が少し変な事にいち早く気づいたようで、怪訝そうな顔をしている。
次の休み時間、我妻くんは私の席までわざわざやって来て、不安げに尋ねた。
「…何で皆、俺達のこと知ってるの?」
確かに彼からすれば、昨日の今日だからこんなに話が回るのはあまりにも早いと思っていることだろう。
犯人は私なんだよね。
「昨日、友達に教えたら広まって…」
それだけ言ったら、我妻くんは片手で頭を抱え、はぁーと重いため息を零した。
その姿を見て、私は驚いた。
もしかして、私は余計な事をしたのではないか?
いくら私がハリボテの彼女だとしても、敢えてペラペラと喋る必要はなかったのではないか、と。
「我妻くん…私余計な事をしたよね。つい、嬉しくなって…」
自分のしでかした事を思い起こしながら、俯きつつ言った。
私なんかに我妻くんが頼ってくれたことが嬉しかった。
我妻くんと痣の男の子が幸せになって欲しいと思って、調子に乗ってしまったみたい。
余計なお世話の上塗り、本当に申し訳ない。
すると我妻くんは、少し頬を赤らめ「う、嬉しかったの?」と尋ねてくる。
勿論その通りなので、頷く私。
「そ、そっかぁー!」
さっきまで困った顔をしていたのに、突然我妻くんは花が咲いたようにぱあっと明るい顔になる。
昨日も見たけど、我妻くんの笑顔は私も嬉しい。
ドキン、と軽く心臓が高鳴った。
「お昼…一緒に食べてもいい?」
「お昼? うん、いいよ」
嬉しそうな顔のまま、我妻くんが私の顔を覗き込む。
私は特に断る理由もないので、快く了承した。
あ、そうだ。
「…我妻くんのお友達も一緒?」
そう尋ねると、ピタっと我妻くんの表情が固まる。
「…え? 何で?」
酷く驚いた顔で我妻くんが言う。
あ、私はまたやらかしたのだろうか。
昨日、彼らにあまり踏み込まないと決めたところだったのに。
またお節介が働いてしまった。
慌てて「ううん、何でもない」と首を振っておく。
腑に落ちない顔をして、我妻くんはそのまま自分の席へ戻って行った。
いけないいけない。
いくら何でも昨日からズカズカと聞きすぎてしまったみたいだ。
我妻くんから離してくれるまではこの話題はやめておこう。
私は小さな決意を胸に、次の授業の教科書を机の中から取り出した。
――――――――――
お昼休み。
我妻くんは約束通り、私と一緒にお昼を食べるつもりのようだった。
授業が終わると、私の方をちらちらと見て、視線を飛ばしている。
何となく誘われている気がして、私は自分のお弁当を持って立ち上がった。
それに気付いた我妻くんが私の席までやってくる。
「どこで食べる?」
「どこでもいいよ、我妻くんは食堂で食べる、よね?食堂行こう」
「うん、ありがとう」
我妻くんの手には財布しか握られていなかった。
きっと食堂で食べるためだろう。
お弁当を片手に二人で廊下を出た。
廊下に出てもあんまり会話は弾まない。
当たり前だ。私と我妻くんの間には何の接点もないのだから。
とは言えそのまま食堂に行っても、きっと何も喋らない事になりそうだ。
傍から見れば変なカップルだと思われる。
それだけはまずい。
「あー…我妻くんはいつも何を食べるの?」
「俺? 俺は…ラーメンとか、カレーかな」
「そうなんだ」
終わった。
まさかの食べ物の話題が一瞬で。
自分の話題を広げる能力の無さに、唖然とした。
いよいよ変な汗をかき始めてきた。
どうしよう。そもそも私はコミュニケーション能力低いのだ。
うーんと心の中で頭を抱えていたら、我妻くんが口を開く。
「苗字さんって呼ぶの嫌だから、名前ちゃんって呼んでもいいかな?」
にこっと笑いながらそう言われて。
私は一瞬ポカンと口を開けて瞬きを数回。
「い、いいけど」
ちゃん付けで呼ばれるなんて、あんまりないからビックリした。
友達でさえ、呼び捨てだし。
こそばゆさを感じながら了承すると、嬉しそうに微笑む我妻くん。
昨日と今日だけで我妻くんの色んな表情を見た気がする。
ころころと表情が変わって楽しそうだ。
そんな話をしていたら食堂へ着いた。
中は込み合っているけれど、座れないわけではない。
我妻くんが食券を買っている間に、私は適当な席に座った。
目線を送ると我妻くんは私の場所に気付いてくれたようで、その手にカレーを持って私の所まで来てくれる。
二人掛けのテーブル席に向かい合う私達。
我妻くんのカレーが想っていた以上にボリューミーだった。
流石は男の子。大盛食べるんだ。
「カレー好きなんだね」
「好きっていうか、一番量が多いからさ」
「凄いね、やっぱり男の子だね」
スプーンで小さくルーとご飯を混ぜる我妻くん。
それを見ながら、私は自分のお弁当を開けた。
傍から見れば無事にカップルとして認識してもらえているだろうか。
なるべく自然にしておきたい。
ふと、我妻くんを見ると我妻くんの頬にご飯粒がついているのが見えた。
あ、と思ったけどそれをどう指摘しようかと悩む私。
「どうしたの?」
不自然な私の様子に気付いた我妻くんが首を傾げる。
私は諦めて素直に指摘する事にした。
「ここに、ご飯粒ついてる」
自分の頬を指さすと、我妻くんはご飯粒のついていない方のほっぺに手を伸ばす。
ちがう、そっちじゃない。
口で言うのが早いのに、気が付いたら手が伸びていた。
我妻くんのご飯粒を摘まんで、ナプキンで包む。
「あ、ありがとう」
少し恥ずかしそうにお礼を言う姿に、ちょっとだけドキドキした。
「あ、善逸」
私の背中から声がした。
我妻くんの顔は誰かを見つけたような顔で、私の頭の上くらいに視線を飛ばしている。
つられて私が振り返ると、そこにはサンドイッチを持った痣の男の子が立っていた。
「炭治郎じゃん」
我妻くんがぽつりと呟く。
たんじろう、くん。
たんじろう、たんじろう、たんじろう。
よし、覚えた。
我妻くんの彼氏の炭治郎くん。
私は数秒の間で炭治郎くんの名前を連呼し、そして脳裏に焼き付けた。
炭治郎くんは私の存在に、気づくと優しい笑みを見せる。
「善逸、この子が?」
「…あぁ、そうだよ」
ぶっきらぼうに言う我妻くん。
私の説明はもうしてくれているみたい。
「苗字名前ちゃんだよ。名前ちゃん、こいつは竈門炭治郎。俺の友達」
「よろしく。苗字さん」
「こちらこそ、えーっと…竈門くん」
我妻くんの彼氏なだけある。
さらりと出された右手に圧倒されながら、それを握った。
にこにこと優しく見つめられて、なんとも気恥ずかしい。
一個下の後輩だというのに、雰囲気はまるで先輩だ。
「善逸から話は聞いてるんだ。顔を見たいと思っていたんだよ」
「そうなんだ…私も竈門くんのこと気になっていたから、丁度良かった」
あ、失言した。
先程、これ以上踏み込まないと決めたところなのに。
我妻くんの方を見ると、案の定少し唇を尖らせていた。
そりゃ、自分の恋人の事を気になるなんて言われたら、いい気はしないよね。
「あ、我妻くんのお友達だから、きっといい人なんだろうって思ってたから!」
取って引っ付けたような言葉。
苦し紛れの言い訳。
無理矢理笑みを作って言うと、我妻くんの顔が少し嬉しそうだった。
機嫌なおったかな?
危ない危ない。
私はそっと胸を撫でおろした。
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