05
体育の授業なんて無くなってしまえばいい。
特に球技。
忌々し気に体育館の床を眺めて、私はため息を吐いた。
勉強ならなんとか対応出来ても、身体能力ばかりはどうにもならない。
昔から運動をすることについては、本当にダメで。
出来る事なら体育の授業をすべてストライキしたいくらい嫌いだ。
とは言え、出席しなければ成績も最低評価。
能力はないけれど、せめて5段階評価3を貰うため、私は嫌々ながらこの場に立っている。
この前、我妻くんと遊びに行ったときは楽しかったのに。
当たり前と言えば当たり前なんだけど。
我妻くんと二人だけで放課後、繁華街に遊びに行った。
撮ったプリクラも実は財布に入れて偶に眺めるくらい嬉しかった。
それと比べるとこの体育の授業は本当に、本気で嫌だ。
今日の体育はバスケットボールだ。
遠くの方でバンバンとボールを打つ音が聞こえる。
精鋭じゃない私はコートの中にいるけれど、決してボールには近づかない。
近付くだけ迷惑だ。
誰だバスケットボールなんて考えた人は。
見た事もないバスケ考案者を頭の中で呪っていたら、隣の男子のコートが目に入った。
黒髪の中で唯一の金髪、我妻くんはその中でもひときわ目立つ。
しかも運動に関しては結構得意なようで、以前の体育で見た剣道なんてクラス一強かったはず。
今回のバスケットも、人と人の間を華麗に避けつつボールを誘導し、見事シュートを決めた所だった。
普段へにゃっとしているようで、やるときはやる、そんな男の子。
そりゃ竈門くんも好きになるよね。
彼女(仮)という立場でありながら、私まで目を奪われるもの。
そんな調子でずっと我妻くんの活躍を見ていて、私は気付くのが遅れてしまったのだ。
自分に向かって近付いてくるボールの存在に。
「苗字さん、危ない!!」
他の女の子の声でハッと我に返った時には遅かった。
自分の顔の前に忌々しいボールがあって、それがスローモーションのように私の頭に直撃した。
一瞬、星が見えた。
「苗字さん、大丈夫!?」
ゲームを中断して、私の周りに敵味方関係なしに女の子が近付いてくる。
私は頭を打ったと同時に後ろにビターンと倒れてしまったらしい。
こういう時、運動神経が良いとすぐに反応して避ける事が出来たのかもしれない。
残念。
後頭部に鈍い痛みが走るのを感じながら、ゆっくり上半身を起こした。
起き上がらないとみんな心配しちゃう、し。
頭を片手で押さえつつ「なんとか…」と言ってみたけれど、他の女の子達の顔は晴れない。
自分で言うのもなんだけど、あんなに勢いよく後ろに倒れたら気が気でないはずだ。
女の子達の後ろから先生が近付いてくる。
「苗字、大丈夫か? 保健室に行くか?」
心配そうな顔で私を覗き込む先生。
自分では保健室に行くほどではないと思う。
まあ、でも頭は痛いけれども。
だから首を振って断ろうとした。
だけども、それは横からふって湧いた人によって、遮られてしまう。
「名前ちゃん!!」
前線で活躍していたからだろう。
我妻くんは頬に汗の雫を垂らしながら、女の子達の間をかき分けて私の横へ座り込む。
私の背中を擦りながら、先生に「俺が連れていきます」と申し出ると、ぐいっと我妻くんに腕を引かれ、なんとか立ち上がった。
「我妻、お前保健委員だったか?」
先生が首を傾げてそう言うけれど、特に問題ないと判断したのだろう。
我妻くんに後はよろしく、と適当に言って、コートの外へ出て行ってしまった。
周りにいた女の子達も、「我妻くんが連れていってくれるなら」と安堵の表情を見せ始める。
なし崩し的に保健室に連行される事が決定してしまった。
今更大丈夫と言っても遅い。
「じゃあ、行こ」
そう言って我妻くんは私を体育館の外へ誘導してくれた。
その表情はいつもの柔らかい顔とは別で、少し真剣。
意外な所もあるんだななんて思いながら、私は大人しく我妻くんについていく。
勿論他のクラスも授業中だから、廊下はとても静かだ。
まるで私と我妻くんしかいないように感じる。
「ありがとう、我妻くん」
そう言えばお礼を言ってなかったな、と思って手を引く我妻くんの背中を見ながら言った。
すると我妻くんは慌ててこっちを向いて、歩のスピードを遅くしてくれる。
「これくらいは別に…本当に大丈夫なの?」
「うん、打ったところは痛かったけれど、きっと大丈夫だと思う」
「……でも心配だから、保健室には行こう」
「ありがとう」
ぎゅっと繋がれた手に力が籠った。
本当に、優しい。
完全によそ見をしていた私が悪いんだけど、そんな私にこんなに優しくしてくれる我妻くんは流石だ。
この前から我妻くんと手を繋いでばっかりな気がする。
それは彼氏彼女の関係なら当たり前なのかもしれないけれど、別に私達はそういうわけでもないし。
本当なら竈門くんと手を繋いだりしたいんだろうな、なんて思ってしまう。
ズキズキ。
てっきり後頭部が痛いのかと思ったけれど、後頭部よりも胸が痛い。
一瞬だったから、気のせいかもしれないけど。
我妻くんと一緒に居るのは、別に悪い気はしない。
そんな事を考えていたら、あっという間に保健室に到着してしまった。
保健室の扉の前に到着しても尚、我妻くんは手を離してくれなかった。
手と我妻くんの横顔を交互に見て「離さないの?」とアピールしてみたけれど、にこりと微笑まれただけで終わった。
「先生、今いい?」
コンコンとノックしたと同時に扉を開ける我妻くん。
ノックの意味あったのかな。
デスクでPCのキーボードを叩いていた保健の先生と目が合った。
先生は慣れているのか「あら」と言いながら立ち上がって、どうぞとソファに案内してくれる。
その間もばっちり我妻くんと手を繋いだままだ。
す、すごく恥ずかしい。
「今日はどうしたの、我妻くん」
「俺じゃなくて、名前ちゃんが…バスケのボールが頭に当たって後ろに倒れたんだ」
「…それはすごく痛そう…ちょっと見せてね」
「あ、は、はい」
話を聞いた保健の先生がうわぁ、と口を動かし、「大変だったね」と優しく声を掛けてくれた。
我妻くんとは違った優しい声に、心が癒されるようだった。
「外傷はなさそう。目はチカチカしたりする?」
「いえ、大丈夫です」
「OK。だったら問題ないと思う。ちょっと休憩していく?」
にこっと笑った保健の先生がカップを手に持ち目を細める。
私が答えるよりも先に我妻くんが「もちろん」と頷いた。
これは、私もご一緒していいってこと、だよね?
未だに繋がれたままの手が熱を持っているような気がした。
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