06
コポコポと保健の先生がお茶を注ぐ音が心地いい。
だけどもそれとは裏腹に胸の音は静まってはくれない。
原因はずっと繋がれたままのこの手だ。
離そうと手を緩めてみたものの、それに気付いた我妻くんがぎゅっと強く握り返してくるから、どうすることもできない。
お盆の上に三人分のお茶を乗せて、保健の先生がソファに戻ってきた。
私達の前にコトンとそれぞれカップを置いて行く。
その時、私達の手がずっと繋がれたままの様子を見て、保健の先生がにこりと微笑んだ。
「仲がいいんだね」
ふふ、と笑われて私は恥ずかしくて顔を上げる事すらままならない。
それなのにまだ我妻くんは手を離してくれない。
「仲がいいのはいいけれど、それじゃ彼女、飲みにくそうね?」
「…あっ」
保健の先生の言葉でやっと気付いてくれたのか、我妻くんがぱっと手を離してくれた。
「ごめん!」と言いつつも、私から若干顔を逸らしつつ言うので、私の丁度良かった。
これ以上我妻くんの顔、見れないし。
「えー…何、我妻くんの彼女なの? 初々しいね〜」
「…もしかして、前の冨岡先生との事、根に持ってる?」
「ん〜?」
保健の先生と我妻くんの会話は何の話をしているのか、分からなかったけれど。
仲良さげに会話している様子は、少しだけ、ほんの少しだけ羨ましく感じた。
保健の先生がいたずらっ子のように笑い「何のことかなぁ?」と言う姿はまるで、友達同士のようだ。
何だかモヤモヤしてきたので、私は目の前のお茶を黙って頂くことにした。
カップに口をつけて一口。
口の中に広がる口当たりの良いお茶、それから甘い匂い。
とても美味しい。
「美味しい?」
優しく微笑んだ保健の先生と目が合う。
「はい」
こくりと頷いてまたもう一口。
それを保健の先生は満足そうに見つめた。
「これね、この前冨岡先生が買ってきてくれたの。とってもいい匂いで、飲みやすいから好きなの」
「…惚気?」
「我妻くんだってさっき存分にイチャついてたでしょ?」
保健の先生が僅かに頬を赤らめた。
そこでやっと鈍い私は気づくことが出来た。冨岡先生と保 保健の先生って…。
私の視線に気づいた保健の先生がにこりと笑い「内緒ね」とウインクを飛ばす。
それを見て我妻くんが即座に呆れたように息を吐いた。
「もう遅いよ、校内に広まってる」
「うん、そうだね、誰のお陰かな?」
我妻くんとのやり取りに、先程までモヤモヤしていたというのに。
あっという間に何も無かったように胸はスッキリとしていた。
…なんだろう?
自分の変化に首を傾げていたら、我妻くんが顔を覗き込んでくる。
「どうしたの?」
それが想像以上に至近距離だったものだから、1寸置いて私は慌てて顔を背けた。
「な、なんでもないよ」
こんな近くで我妻くんの顔は見れない。
何故だかわからないけど、どうしても見つめることは出来なかった。
◇◇◇
その日の放課後、授業が終わったらいつものように我妻くんは私の元へ。
体育の事があって我妻くんを直視できない私は、我妻くんから「一緒に帰ろう」と言われても上手に反応出来なかった。
「今日は図書室に行きたいから、先帰ってていいよ」
そう言って断った。
つもりだった。
だけど我妻くんは、にこっと笑って。
「じゃあ、俺も一緒に行くよ」
と、言ったのだった。
予想外の反応に、私は余計に混乱した。
私なんかほっといて竈門くんと一緒に帰ると思ったのに。
体育の事があって心配させてしまったのかもしれない。
「もう打った所は大丈夫だよ」
「うん、それなら良かった」
大丈夫と笑って見せたけど、我妻くんはうんうんと頷くだけ。
あれ?えーっと。こんなはずでは。
「竈門くん達と先に…」
「…俺が居たら迷惑?」
「そんなことない」
「良かった」
ハッキリ言わないと伝わらないのかなと思って言ってみた。
だけど、一瞬我妻くんが悲しそうな顔をしたから、それ以上言うことは出来なかった。
だから仕方なしに私と我妻くんは図書室へ向かう事となった。
図書室は基本的に人がいない。
昼休みならちらほらと数人いる時もあるけれど、放課後に図書室に用があるのはテスト週間の時くらいだろう。
今日も誰もいない図書室に足を踏み入れる。
いつもと違うのは私の後ろに我妻くんが居る事だ。
誰も居ないので図書室の一番奥、廊下からは見えない席に座ると、我妻くんは私の真向かいに座った。
カバンを適当に置いて私はカバンの中から、自分の読みたい本を取り出した。
それを我妻くんが物珍しそうに眺める。
「へえ、名前ちゃんはそういう本を読むんだぁ」
私の本を見て何が楽しいのか、にこにこと微笑みながらそう言う我妻くん。
こっちまでつられて笑ってしまいそうになる。
やっぱりどうしても我妻くんと居ると調子が狂うので、適当に相槌を打ってぺらりと本を捲った。
文字をつらつら読んでいくけれど、全然頭に入ってこない。
それは目の前に我妻くんがいるからだ。
全く集中できない。
うーん。
ちら、と前に座る我妻くんを見た。
すると我妻くんは何も本を読まずに、頬に手を付いてこちらを見ていた。
まさかずっと見られているとは思わなかったので、大変驚いた。
ビクリと私が反応した事で、我妻くんがくすりと笑う。
「どうしたの?」
「なんで、こっちを見ているの?」
「可愛いなぁと思って」
「……」
へへ、と照れ臭そうに笑う我妻くん。
その一言で私の心臓はバクバクと音を立てた。
何で、何で。
何でそういう事、言うんだろう。
そんな事言われたことないから、こっちはドキドキしているのに。
夕焼けに照らされた我妻くんの髪が、いつも以上に綺麗で、とても神秘的で。
思わず目を奪われた。
ずっとこの時間が続けばいいのに。
ふと思った。
だけど自分でもそんな感情を抱いている事に驚きを隠せない。
私、今、なんて?
ドクンドクン、と心臓の音は喧しいまま。
金色の瞳は私を優しく見つめている。
まるで、私が
…その先はどうしても考えたくない。
今気づいたんだ。
ここは図書室。
私が初めて、我妻くんと竈門くんの仲を知った場所。
我妻くんの瞳から目を逸らした。
二人が、キスしていた場所。
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