10. フクジュソウ

この手元にあるレースのドレスは、勿論現代のものよりもデザインが凝っているし、いくらか違いはあるけれども。
それでも私にはこれが唯一の、素敵なドレスにしか見えなかった。
手に持ったまま動かない私を横に居る善逸さんが肩を叩く。

「善逸さん、私…」
「それは真琴ちゃんのだよ。俺を選んでこんな時代にいるんだからさ。俺は真琴ちゃんのために出来る事をしないと、真琴ちゃんのご両親に呪われちゃうよ」

くす、と笑いながら優しく置かれた手に、そっと私のものを重ねた。
きっと真田さんに連絡するもの嫌だったろうに。(この二人は仲が良くないから)
それでも私の為に、私が喜ぶからこうして用意してくれた。
その事実はきっとこれからの私の人生を明るくしてくれる。

「俺、待ってるから。着替えておいで」

そういってぽん、と背中を軽く押されて。
善逸さんと真田さんは部屋を出て行った。廊下に出た瞬間に「キザだな」「うるさいよ」という会話が聞こえてきて、やっぱり二人の仲は良くないのだと再認識した。
皺にならないようにそっとドレスを抱きしめて、私は小さく「ありがとう」と呟いた。
きっと彼なら聞こえているだろうから。

ドレスの着替えには、私だけでは心もとない。
二人と入れ替わるように入ってきたのは、真田さんのところでお世話になった侍女さんだった。
私を見て表情を変えずに「おめでとうございます」と一言。そしてすぐに

「時間がありません、早くお脱ぎください」

と全く感傷に浸る間もなく、私は着ぐるみを剥がされたのだった。
部屋の真ん中に置かれた背の高い椅子。
ドレスを引きずらないようにそっと座り、目の前に持ってこられた鏡の中の自分を見つめる。
侍女さんは短い私の髪を起用にアレンジしていく。
いつものハーフアップとは違う、華やかさをもったスタイルに私は目が離せなかった。

「あの」

真面目な顔で私の髪をセットしてくださっているなか、私はふと思いついて声を上げた。
ぴた、と侍女さんの手が止まり、髪から鏡の向こうの私に視線が向けられる。
言おうかどうしようか迷って、私は口を開いた。

「花を、挿してほしいのです」
「花?」
「ええ、庭にフクジュソウがあって」

私の髪は長くはない。
短くても普段よりは華やかに出来ても、どうしてもロングの方が映えるだろう。
だから、少しでも見てほしい。


「素敵な、黄色いお花なんです」


あの人と同じ、髪と瞳の色の。

恥ずかしいので小さい声で言うと、一瞬侍女さんの顔が固まって、それから緩く目が細められる。
笑った顔を見たのは初めてだなぁと思いながらも、何を言われるのかとドキドキしながら待った。
面倒くさいことを申し上げているのは百も承知なんですけれど…。

「よろしいですよ。摘んできましょう」

侍女さんは快諾してくださった。
そのまま縁側の方に歩いていき、草履で降りていく姿を視線で追いながら、私はまたほっと胸を撫で下ろした。

…一目見て惚れた花だった。
毒もあるし、決して口に入れてはいけないと言われたけれど、一目見て善逸さんだと思ったのだ。
こじんまりと花をつけているのに、これだけ目を引く存在。
花の色が、任務後に陽光に照らされたあの髪色と同じだったから。
愛しくて仕方がない。

暫くして侍女さんは花を摘んで戻ってきた。
この花がもっと茎が長ければブーケにできたかもしれないけれど、それでもいい。
結った髪の隙間に上品に花を挿していく侍女さん。
挿しながら聞こえた言葉で私は顔を赤く染めた。


「本当に素敵なご夫婦ですね」


それは純粋な誉め言葉。
何度も心の中で反芻し、私はまた胸の中が暖かくなった。


◇◇◇


着替えも髪のセットも終えた頃。
善逸さんが部屋に入る許可をもらって、ずんずんと私の前にやってきた。
その手には現代よりも厚手のベールが下げられている。
私の前に一つ腰を下ろして、そして目線を合わせる善逸さん。

「…ズルいよなぁ、真琴ちゃん」

何が、と問おうとしたけれど、すぐに善逸さんが私の髪に手を伸ばす。
愛おしそうに見つめるその瞳に、私は完全に射抜かれていた。

「俺が真琴ちゃんを喜ばすつもりだったのに、俺ばっか喜んでるんじゃないの?」

花の意味に気づいてくれたのだろうか。
さら、と耳元で聞こえる花を撫でる音。それが心地よくて、いつまでも聞いていたかった。
善逸さんは名残惜しそうに私の頭にベールを被せる。

「あ、ダメだ」
「え?」

被せる手前。
私の顔にベールが掛けられる直前に、善逸さんの顔が近づいてきて。
そっと啄むように私の唇を奪っていった。

「あ」

後ろに居た侍女さんが、なんてことを…と言いたげな声を上げたけれど、目の前のいたずらっ子のような顔をする金髪には通じない。
へへ、と笑いながら今度こそベールを被せる善逸さん。


「こんな綺麗なもの、初めて見た」


何でもない一言だとしても。
そう言って貰えること私の幸せだと、貴方は気づいているのですか?


善逸さんが私の手を取って、ゆっくり引いた。
リードされて、私が椅子から立ち上がり、そのまま廊下へ出る。
廊下で腕を組んで立っていた真田さんが私をちらりと見て、僅かに笑みを浮かべた。

「俺の役目は済んだ。幸せになれ」

すれ違いざまにそう言われて、私は涙をぐっと堪えて「ありがとうございます」と紡いだ。

隣の部屋の前までやってきた。
善逸さんが扉に手を掛ける、中では少しだけザワついていたのに、扉を開ける音で皆が一斉に静かになった。
さっきと同様、視線が一点に集中する。
やっぱりどうしても気恥ずかしさはあるけれど、紛れもなく私は、その場にいる誰よりも幸せだった。

椅子とテーブルの間を抜け、皆さんの前を一歩ずつ歩いていく。
緊張で躓いてしまいそうになるけれど、善逸さんが優しくサポートしてくれた。
いつかの舞踏会を思い出した。
上座の席に私と善逸さんの席は用意されていた。
テーブルの真ん中のお皿に乗った桃が目を引く。

そして、誰も座っていない隣の席には『桑島慈悟郎』と書かれた札が置かれていた。