「……っ!」
もう何度目かわからない。
何度も何度も涙を堪えて、今日を過ごしてきた。
折角綺麗にしてもらったのだ、泣くわけにはいかないのに。
嗚咽が漏れそうになるのを必死に堪えた。
「……写真があればよかったんだけど」
ぼそりと善逸さんがそう言って、私を席にエスコートする。
旦那様のお写真を置こうとしてくれていた事に私は余計、胸が締め付けらそうになった。
涙が出てこないように私はただ首を振って「十分です」という意思表示をするのみ。
私と善逸さんが腰かけたと同時に、どこからか大きな声で「乾杯だー!」という大きな声が発せられて。
私たちのことはほぼ無視してどんちゃん騒ぎが始まった。
さっきまでの厳かな雰囲気はどこへ行ったのだろうか。
善逸さんなんか顔に青筋を立てて「あいつら、呼ぶんじゃなかった」と零している。
それでも。
善逸さんの口元がほんの僅かに緩んでいる。
藤乃さんも、楽しそうに口元に手を当てて笑っている。
宇髄さんなんか、近くにいた人たちに浴びるように酒を飲ませている。
みんなが、楽しそうにしてくれている。
この空間が、この時代が、心の底から大好きであると再認識した。
「俺たちも飲む?」
「……わたし、お酒は…」
「分かってる。お茶で申し訳ないけど、用意してるから」
「ありがとうございます」
善逸さんがそっと用意してくれたお茶を頂いて、二人で小さく「乾杯」をした。
どんちゃん騒ぎに続いて、素敵なお料理たちが運ばれてきた。
どれもこれも美味しそうなオードブルだったり、お寿司だったり。
私たちは微笑んで二人でお皿を突いた。
「よお、元気か」
「伊之助さん」
暫くして、お酒を片手にやってきたのは珍しく上半身も服を着ている伊之助さんだった。
今日は猪の被り物はしていない。
綺麗な青い瞳が私と善逸さんを映している。
私は腰を上げようとしたけれど、すぐに伊之助さんに制止されてしまった。
「善逸、真琴おめでとう」
その後ろから顔を出したのは炭治郎さんだった。
にこりと初めて会った時のように優しい笑みで、私はまた涙が出そうになる。
「ありがとうございますぅ…」
「泣くなよ、花嫁。不細工になんぞ」
「人の嫁さんになんてこと言うんだお前」
「へっ」
伊之助さんが悪そうに口角を上げる。
目を吊り上げて怒る善逸さんに、それを宥めようとする炭治郎さん。
いつもの三人の様子に、私はくすりと笑みが漏れる。
「……真琴」
「はい…?」
善逸さんと睨みあっていた伊之助さんが、私の顔を覗き込む。
横で焦ったように「おい!」と声を上げる善逸さん。
伊之助さんは構わずに続けた。
「綺麗だ」
「えっ?」
まさか伊之助さんにそんなことを言われるなんて思ってもみなかった。
私から素っ頓狂で間抜けな声が出てしまうくらい、驚いた。
驚いたのは私だけではなくて、隣の善逸さんも、炭治郎さんも目を丸くして伊之助さんを見ている。
伊之助さんは私たち三人の様子を見て、頬を膨らませた。
「文句あんのかお前らぁ!」
「い、いえ…だって伊之助さんがそんなこと言うなんて、初めてだなーと思いまして」
「……別に初めてでもねーよ」
「何か?」
「うるせぇ」
ぼそり、と顔を逸らして伊之助さんが言うものだから、聞き返したのだけれど伊之助さんは教えてくれなかった。
炭治郎さんは何か察したように伊之助さんの肩をぽんぽんと叩いた。
善逸さんも文句言いたげな顔をしているけれど、舌打ちするだけに留めている。
何だろう…? まあ、いいか、と気を取り直して伊之助さんに向き直る。
「ありがとうございます」
伊之助さんにそう言って微笑むと、満足そうに伊之助さんも笑った。
「……いつか夫婦になると思っていた二人が本当に夫婦になった。俺はそれがとても嬉しい」
炭治郎さんは伊之助さんの横で穏やかに微笑む。
心の中で何度も泣くものか泣くものかと唱えて、私はぐっと唇を噛んだ。
善逸さんにはお見通しだったようで、こっそりハンカチを渡されてしまった。
情けない。
「お二人とも、大好きです」
泣かないように震える声でそう言うと、伊之助さんが大きい手をのばして、私の頭をガシガシと撫でた。
「おい! 折角綺麗にしたんから止めろ!!」
「いいじゃねーか、もう充分堪能しただろーが」
「いいわけねーだろ伊之助!!」
「善逸も、伊之助もやめよう…真琴が困ってる」
私は、本当にこの人達が、大好きだ。
◇◇◇
「宴もたけなわですが、そろそろ」
どんちゃん騒ぎの中、藤乃さんの声が響いた。
それまでギャーギャー吠えていた部屋の中は、思い出したかのように静かになっていく。
そして、最後に愈史郎さんが私たちの前にやってきて。
「おい、新婚夫婦。写真を撮ると魂を抜かれるらしいぞ」
と言って、私たちの数メートル先に大きなカメラを設置し始めた。
周囲のテーブルもそそくさと壁の方へ追いやられ、私たちの前にあったテーブルも同じく撤去された。
カメラの前には私と善逸さんだけがいて。
善逸さんの椅子が取り除かれ、私の隣に寄り添うように立った。
「そんな迷信信用するバカ、聞いたことないよ」
「我妻、お前は多少魂抜かれても全く問題ないと思うが」
「……どいつもこいつも」
愈史郎さんはブツブツ言いながら、カメラの準備をしていく。
現代のカメラとは大きさも形も全然違うそれに、私は目を奪われる。
三脚の上に鎮座した見事なカメラだった。
準備が出来たのだろう、愈史郎さんはこくりと頷いて。
「笑え、バカ夫婦」
と、こちらを見る。
「本当にフォトウェディングをしてくれるなんて」
「……何?」
「いえ」
私は姿勢よく座り直し、人生で一番幸せなこの日を飾る、最高の笑顔をカメラに向けた。