17. すまなかった
善逸さんとピクニックに出かけたあの日から、一週間は経った。
その間、毎日見かけていた成瀬さんの顔を一向に見ることはなかった。巡回ルートが変わってしまったのかもしれない。
お仕事の都合なのだから、と特に気にすることはなかったけれど、一つ気になることがあるとすれば、最後に見た成瀬さんの様子だ。
明らかにいつもと様子が違うみたいだった。
まるで善逸さんにはり合うような。
ふと歩いていた足を止めて、前方から歩いてくる人影を見た。
人影も私を見て歩くスピードを緩め、そして、またゆっくり近づいてくる。
私も避ける理由はないので、近づく。
「こんにちは」
「…真琴」
時刻は夕方を過ぎようとしていた。
人影、成瀬さんは私がこの時間帯に道を歩いていることに驚いているようだった。
それもそのはず、最近はずっと日中ばかり外出していたし、これから夜になろうという時間。
善逸さんを連れないで私一人歩くのは危険だと思ったのだろう。
だからこそ、成瀬さんは少し気まずそうに「どこへ行くんだ?」と尋ねた。
「お知り合いの方のお屋敷に。善逸さんの大切にしている物の様子を確認して頂きたくて」
「……背中にあるそれか、木刀のように長いが」
「そんなものです」
そう、私の背中に肩から紐を通して背負っているのは、布袋に包まれた細長い物。
木刀のよう、という成瀬さんのカンは鋭いが、残念な事にこれは木刀ではない。
というより、木刀くらいの重量であればこんなに苦労しなかったというのに。
カチャリ、と背中から僅かに聞こえる金属音に溜息が零れる。
「知り合いの屋敷というのは遠いのか?」
「遠い…と言われれば遠いかもしれないです。でも、途中で善逸さんを拾っていく予定ですから、お気になさらず」
「……」
善逸さんの名前を出すと成瀬さんが一瞬顔を歪める。
やっぱり確執があるのだろうか、と思ったその時、成瀬さんはきゅっと閉じた唇を開いて「そこまでついていこう」と言った。
「…え?」
「善逸の作業場まで結構あるだろう。そこまでついていくとしよう。また襲われたら今度こそ善逸から外出させてもらえなくなるぞ」
「そ、それはそうかもしれないですけれど」
成瀬さんの言う事も一理ある。
確かに前襲われた時は、昼間以外外出禁止になったから、次何かあれば本当に屋敷から出してもらえなくなる。
それはそれでまずいし、本当は屋敷で待つように言われていたのを、こうして出てきているのだ。
また何かあれば今度こそ、絞られてしまう。
「では、少しだけお願いしてもよろしいですか?」
「ああ」
怒った善逸さんを相手にするのは、面倒なのだ。
私は少し複雑な心境のまま成瀬さんの隣を歩き始めた。
成瀬さんは背中の荷物を持とうとしてくれたけれど、流石にこれを他人に握らせるわけにはいかない。
丁重にお断りをして、きゅっと胸の前の紐を握った。
大きい体の成瀬さんが、私の歩幅に合わせてくれる。
身長は私や善逸さんよりも大きくて、身体はがっしりしている。
鍛えていることが良くわかる身体だ。
でも、筋肉量から言えば善逸さんの方があるんだろうな。
ふと昨夜の善逸さんの胸板を思い出して思わず頬に熱が籠る。
その様子に気づいた成瀬さんが「どうした?」と声を掛けてくるが、私は恥ずかしい想像をしていたとは言えず「何でもないです」と濁すしかなかった。
「この前は」
「…はい?」
「この前は、すまなかった」
歩きながら、成瀬さんはぽつりと零す。
まるで叱られた子供のように頭が下がって、大きな身体には似合わない小さな声だった。
私はそれを下から覗き込みながら、ぱちぱちと数回瞬きを繰り返す。
「…善逸の…真琴の夫の昔話を、聞かれてもいないのにぺらぺらと話してしまった」
「ああ、それですか」
最初は何に対して謝っているのか分からなかったけれど、つまりはそういうことだ。
この前私がプチ怒りで言い返してしまったアレに対して、成瀬さんは謝罪をしているのだ。
別に謝る必要はないのに、と思う。
善逸さんの昔話、それは事実であるのだから。
でも今は違うのだと分かって欲しかった、ただそれだけだ。
「気にしてませんよ。私こそ、偉そうに口出して申し訳ありませんでした」
「いや…真琴の言う事が正しいのだろう。俺は今の善逸が別人に見える」
「うーん…でも本質は変わってませんよきっと。昔も行動しなかっただけで考えていることは同じでしょうから」
「……まるで真琴は俺よりも長い付き合いがあるようだ」
「そうですね、物心つく前からでしょうか」
「え?」
成瀬さんが頭に疑問符を並べてこちらを見る。
私はそれに答えることなく、にっこりと微笑んでおいた。
最初に善逸さんを見たのは、もう記憶にすら残ってないくらい、昔の話なのだ。
「真琴と一緒にいる善逸は、凄く頼もしそうに見えた」
「そうでしょう? ああなるまで本当に苦労しました。今では立派な旦那様ですよ」
「本当に好いているのだな、善逸のことを」
成瀬さんが目を細めて私を見る。
私はそれに笑顔で頷く。
勿論、気持ちの大きさは善逸さんに負けてはいないと思うが、善逸さんも同じ気持ちのはずだ。
そこに疑いはない。
「それだけ好かれる善逸が、羨ましい」
「まあ、成瀬さんなら、引く手あまたでは御座いませんか? 善逸さんが聞けば歯茎をむき出して怒っていますよ」
「……はは、そういうところは変わらないな」
「だって善逸さんですから」
そうだな、と言って成瀬さんは僅かに笑った。
この前までの雰囲気が戻ってきたようで、私は少し安心する。
そうして二人でお喋りを楽しんでいたら、辺りがすっかり暗くなっていることに気づいた。
とはいえ、善逸さんの作業場までもう少しという所、心配することはないだろうと踏んだ私の考えがいかに足りていない事に気づいたのは、数分後の事だった。
「鬼狩りの娘か」
背後から聞こえた馴染みある“鬼狩り”という言葉。
私と成瀬さんはそっと声の方に振り返った。