18. 順番に奪ってやる

「鬼狩りの娘か」

ゾクリと全身を駆け巡る悪寒。
どこか覚えのあるそれに、頭の中で「そんな馬鹿な」と慌てて言い訳をする。
でも間違いなくその気配は、死を直感した時のモノで。
振り返る私の表情が自然と強張るのも仕方がないと思う。

振り返った先、私達より数メートル後ろにその人は立っていた。
正直、浮浪者同然の恰好、どこか異臭漂う姿に隣の成瀬さんが顔をしかめたのが分かった。
でも私は顔をしかめるなんて所の話ではない。
全身に力が籠り、今すぐにでも走り出さないといけない空気を感じ取った。
其の人の、目を見てしまったから。

……この人、混じっている…?

ざり、と足元の砂を踏み、足が動くことを確認した。
ダメだ、この人は。
今までの経験上、こういう濁った眼をした人は近づいてはならないと、身をもって知っているのだ。

「な、るせ、さん。逃げましょう」

口は何とか動いた。
まだ変質者を見る目で目の前の男を見ている成瀬さんに、私は必死で伝える。

「逃げる?」

成瀬さんは男から目を外し、小首を傾げて私を見た。
そして、私が震えていることに気づき、慌てて「どうしたんだ、真琴」と肩に手を置く。
私は男から目が離せない。
離したら最後、自分の胴が繋がっているのかも怪しい。

一体何が起こっているというのだろう。
なんで、こんなことが。
何故、鬼が存在しているの…!?

ゆらりと身体をゆらし、ゆっくり近づいてくる男。
口から吐き出された息が、まるで意思を持っているかのように男の周りに纏わりついている。
ありえない、だって。鬼は皆で倒した。もう一人も残っていないはずだ。
私の青ざめた顔から何かを察したらしい男は、ブンと勢いよく顔を上げて、私を見つめた。

「…っ…」

息を飲んだ。
男の目に白目が無かった。
にやりと口角が上がり、舌をちろりと顔を出して、また笑う。
異様な装いに成瀬さんも「なんだ?」と怪訝な顔を見せた。

「鬼狩りなのだろう、娘。その刀、忌々しい刀を持っているのが証拠だ」

刀。
鋭く尖った爪の生えた指を持ち上げて、私の背中にある日輪刀を指さす男。
もう一度、男は”鬼狩り”と言った。
その意味が私に残酷な真実をもたらす。

「……怖いか、娘。お前の考えている事が、手に取るようにわかる。何故、こんなところに鬼がいるのかと。どうして、鬼が存在しているのかと。そう言いたいのだろう」

耳を塞ぎたくなるような不快な声が私を狙い撃つ。
男はまた一歩一歩と近づいてくる。
私の肩が震えている事に気づいた成瀬さんが、私を背中に隠し、前に出る。

「男、それ以上この娘に近づくな」

そう言って成瀬さんが牽制する。
が、男の足は止まらない。ゆらりゆらり、確実に私に近づいてくる。

「あの人が死んだ時、俺はまだヒトだった。そう、クソみたいに弱く脆い、ヒト」

あの人とは誰だと問わなくても分かってしまう。
無惨、と小さく漏れた声を聞いた男が嬉しそうに顔を歪める。
その口から滴る唾液がぽつりと土に落ちた。

「残された血が消える前に、全部摂取した。なあ、鬼狩りの娘よ。あの人の最期はどんな最期だった? 最強の始祖の最期は、なあ?」

自らの掌を見せつけるように握ったり開いたりを繰り返す。
その拳から肉を握りつぶしたような音が聞こえて、それからボタボタと尋常じゃないくらいの出血がその場に流れた。
成瀬さんは目を見開いて驚き「何をしているんだ!」と荒々しく声を上げたが、私はその腕を必死で掴んだ。

「成瀬さん! 逃げてください! このままでは鬼に食われます!」
「…真琴、何を言っているんだ? 鬼?」
「振らないのか、刀を。お前のものだろう、それは」

私と成瀬さんを見ながら、男が喉を鳴らす。
それはまるで面白い光景を目にして楽しんでいるように見えた。

「お前たちが、殺したんだろう、あの人を。俺のすべてだった、あの人を。だったら今度は俺の番だ、順番に奪ってやる。お前から、順番にな」

男は私が鬼狩りだと勘違いをしている。
つまりは、成瀬さんだけでも逃げれば、生き残る可能性がある。奴の目的は私なのだから。
必死で制服を掴みながら、私は声を張る。

「逃げて、成瀬さんっ! 早くっ!」
「逃げる…? 真琴、いったいどうしたんだ?」

無理矢理成瀬さんの身体を押してみても、そもそも体格に差がありすぎて動きはしない。
困惑した顔のまま成瀬さんが私の肩を掴み、優しく問う。
けれど、そんな質問に悠長に答えている場合ではない。

男の、鬼の足が止まった。

私は恐怖で震える指をなんとか動かして、自分の懐にあった短刀を取り出す。
鞘からすぐに抜いて、鬼に向かって突きつけると、そこでやっと成瀬さんが表情を変えた。

「真琴…!! 何を!!」

私の短刀を見て、それを奪おうと手を伸ばす成瀬さん。
だけども、それは遅かった。
鬼がニヤニヤと笑い立つその影が、私達の間合いを詰めるように伸びてきたからだ。

私と成瀬さんの間を割って入るように伸びた影から、勢いよく飛び出したのは鋭い爪だった。
着物の裾を割く音と、成瀬さんの腕を掠めた音。

「ぐぅ…っ」

成瀬さんの腕から飛び散る血液。
腕を押さえ、混乱する表情のまま成瀬さんが声を上げた。

「成瀬さん!」

横に倒れる成瀬さんに駆け寄り、私は傷口を押さえる。
傷は深くはないようだ。寸前で成瀬さんの腕を押さえたのがよかったのかもしれない。
だけど、一歩遅ければこの腕は成瀬さんから離れ、地面に転がっていたことだろう。
私は袖の中からハンカチを取り出し、それを傷に当てながらもう一度叫んだ。

「逃げてください! 今すぐに!」

でなければ、貴方と私はこの場で死ぬ。
状況を理解できていない顔の成瀬さんの瞳が揺れる。
私は奥歯を噛んでもう一度、鬼に向かって刀を向けた。

状況は、過去一最悪である。