03. 閉じ込められました
善逸さんのことをバカだバカだと思っていたけれど、決して人のことを言える人間じゃないと初めて理解した時には、私の片手の自由は利かなくなっていた。
声を上げる暇もなく私は女の子ともども、連れ去られてしまい、誰も住んでいないようなボロボロな掘立小屋に閉じ込められた。
街からそこまで離れていないことは分かったけれども、一人で抜け出すのは恐らく無理だろう。
同じ部屋の中に私たちを連れ去った男たちが、気持ち悪い視線を飛ばしながらこちらを見ている。
全部で四人。
当たり前だけれど、逃げ出すのは無理。
私の両手は柱に紐で固く結びつけられており、自由がきかない。
まだ5歳くらいの女の子が私の腰の着物を掴んで涙を流していた。
「オマケの方が価値があるじゃねえか」
男たちの中で一番体格の良い男が口を開く。
説明されなくとも、オマケとは私のことだとわかる。
ギリ、と奥歯を噛みながら男を睨みつける私。
「適当な子供を攫うつもりが、年頃の女まで捕まえられるとは、ついてましたね」
体格の良い男の横にいた、細い長髪の男。
ニヤニヤと口角上がる笑みはやはり気味が悪かった。
「泣き叫んでもいいんだぜ、女」
「…結構です」
長髪の男はずい、と私の顔に近づき、ぺろりと舌なめずりをする。
私は顔を限界まで背け、全力で否定する。
泣き叫びたいのはやまやまだけど、そんなことをすれば私の腰を掴んでいる女の子まで不安になってしまう。
それに、恐怖は感じるとはいえ、相手が人間であることに少しだけ安心するできるくらい私は肝が据わっているらしい。
数年間、化け物を相手にしていたのだから精神的にも強くなっているはずだ。
……まあ、一匹も首を刎ねたことはないけれど。
「この女、強情だぜ、旦那」
「あぁ、まあ時間の問題だろうよ。俺は強気な女の方が好みだ」
大柄な男は顎に手を置いてふ、と笑う。
…時間が経てば経つほど、状況は悪化していくだろう。
どうすれば抜け出すことができるだろう、と辺りを見回すが、この手ではどうすることもできない。
部屋の中には一応窓が存在する。
手が自由にさえなれば、なんとかなるかもしれない。
「飯でも食いに行くか」
「こいつらはどうしますか?」
「ほっとけ、どうせ何もできねーよ」
一人の男の腹が鳴ったのを皮切りに、男たちが立ち上がる。
奴らが出ていく様を苦々しい顔で睨みつけて、扉が閉まるのを待った。
バタン、と冷たく閉まったと同時に女の子の泣き声が大きくなる。
こんなに小さいのに絶望を感じている姿に胸が痛くなる。
せめて少しでも安心してほしくて、小さく声をかけた。
「大丈夫、絶対ここから出してあげるからね」
女の子がバっと私の顔を見上げる。
その瞳は涙によって濡れていた。
「ほん、とう?」
不安そうに震える声。
それに私はにこりと微笑み、力強く頷いた。
ぎゅ、と着物を掴む手が強くなった。
「…お姉ちゃんの着物の中にいいものがあるの、取ってくれない?」
「いいもの?」
女の子は恐る恐る私の懐に手を伸ばす。
小さな手が着物の中に入り、そしてそれに触れた瞬間、女の子が小さく声を上げた。
「…それ、取り出してもらえるかな」
両手が塞がっているから、できないの。
そう言うと恐る恐る女の子はソレを掴む。
ゆっくり引き抜かれたソレは紛れもない、私の愛刀。
鞘に収まっているとはいえ、女の子もその存在くらいはわかったようだった。
短刀を持つ手が若干震えている。
「これ、お姉ちゃんの、なの?」
「そう。良いものなの」
あの男たちは私の所持品に興味はなかったようだ。
誰もこんな年頃の娘の懐に刃があるなんて思いもしないだろうから、当たり前といえば当たり前だけど。
そのおかげで逃げることができる。
ふふ、と笑って女の子に鞘を抜くようにお願いする。
戸惑いながらも女の子はゆっくりと鞘を抜いた。
最後に使って以来、活躍はしていないけれども、手入れはしていた。
鞘から顔を出したきらりと輝く刃を見て、私は安心する。
「それでこの紐を切ってもらえる?」
「う、うん」
刀を扱うのなんて、初めてなのだろう。
短刀とは言えそこそこ重量もある。
女の子は両手でしっかりと柄を握り、私の肌に当たらないよう、慎重に刃を動かした。
さく、と切れる音がして、私の手首の拘束は緩んだ。
パラパラと足元に落ちる紐を確認し、自分の手首をさする私。
「ありがとう、これは危ないから私が持ってるね」
女の子の手から自分の刀を返してもらい、カチンと再び鞘に納めた。
さて、と。
私は重い腰を上げ、大きく伸びをする。
「ここから逃げないとね」
ぽつりと呟いた声に女の子もこくりと頷いた。
◇◇◇
だめだ。
ドン、と力の限り蹴り上げてみたけれど、ここの扉はびくともしない。
外で鎖でもかけられているんだろうか、単純に開くこともない。
そして、近くに見えた窓。
ここから出ることができるかとおもったけれど、近づいて理解した。
窓には鉄格子がつけられており、簡単には出られそうにもない。
「私たちだけで逃げるのは無理そうか」
油断しているとはいえ、男たちはちゃっかり密室に私たちを閉じ込めていった。
どうすることもできなくて、舌打ちが零れる。
まあ、最初から一人でどうにかできるとも思っていないけれどね。
脳裏に浮かんだのは、こういう時に頼りになるあの人だ。
きっと私が居なくなったことにも気付いているだろうし、探し回っているに違いない。
助かったのは、ここが街からそう遠くないということ。
すぐにやってくるだろうと信じている。
「お姉ちゃん、」
女の子がまた不安げに声を震わせる。
逃げられないことを理解して、恐怖で顔が歪んでいく。
私は女の子の目線に合わせるように腰をおろし、女の子の肩を優しく掴む。
「大丈夫、もうすぐ助けがくるからね」
「助け?」
「そう、とっても強い人が来るの。……たんぽぽみたいな」
「たんぽぽ?」
ほんの少し首を傾げて不思議そうに呟く女の子。
もっと気の利いた事が言えたらよかったんだけど。
残念なことにあの頭を思い浮かべたら、同時にタンポポも浮かんでしまったのだ。
ほぼイコールでしょ。
「たんぽぽみたいな、私の旦那様なの」
ちょっとだけカッコいいよ、と笑うと女の子がつられて口を緩める。
二人で楽しく笑っていたら、微かに耳に届く足音。
女の子の顔色がサーっと青白くなり、がたがたと震え始める。
私も懐に手を忍ばせ、女の子の体を抱きしめた。
目線は、閉じられた扉から外さずに。
足音は扉の前で止まり、そして一寸置いて、小さくノック音が聞こえた。
それが誰なのか理解する前に、私たちの前から扉はなくなってしまったんだけれども。