21. いい夫婦

「ひっ、助け」

ブシャ、と鬼の断末魔を遮る水音。
他所のお家の塀に飛び散る飛沫。同時に頸の転がる音。
善逸さんは刀についた血を振るって落とし、華麗に鞘へと納めた。
チンと金属音がして、やっとその場に平穏が訪れた。
私は、砂になっていく鬼の身体を見つめながら「善逸さん」とその逞しい背中に声を掛ける。
さっきまで怖い顔をしていた善逸さんは私の声で振り返り、いつもの優しい笑みで「終わったよ」と言った。

「善逸さん、あの」

助けてくれて、ありがとう。
と口にする前に、善逸さんは駆け足で私の元にやってきて、砂ぼこりすらついていない羽織を私の肩へ。
物言わずに善逸さんの顔を上目遣いで見ていたら、善逸さんの拳が軽くコツン、と私の頭に当たった。
「いたい」と別に痛くもないが、反射的に口にしたら、善逸さんは私の手を引いて抱きしめてきた。

「……俺が守るって約束したんだからさ、大人しく守られててよ」
「ごめんなさい、善逸さん」
「毎回こうだからね。いい加減お仕置きが必要って俺も分かっているんだ」
「おし、おき?」

そ、お仕置き。
私に気持ち悪いくらいにっこり微笑む善逸さん。
途端に背中に嫌な汗が伝った気がしたけれど、必死に気のせいだと言い聞かせることにした。

「あー…ゴホン」

私達の隣でわざとらしく咳をする成瀬さんに気づき、私と善逸さんは大慌てで一定の距離を保ち離れる。
成瀬さんはほんのり頬を赤らめ、非常に気まずそうにこちらを見ていた。
そうだ、成瀬さんがいたんだった。
完全に二人の世界に入り込んでいた事に気づき、私も頬に熱が集まってくる。

「…取り込み中なのは承知だが。善逸、さっきのは何だ…?」

善逸さんの方へ向き直る成瀬さん。
腰に差した刀を竹刀袋へ収納しようとしている善逸さんが「あぁ」とあっけらかんと答える。
成瀬さんの視線は善逸さんの刀にもあった。

「あれは鬼。多分、この世で最後の悪い鬼だから、もう出会う事はないと思う」
「鬼…? 善逸は、今までそいつらと闘ってきたのか?」
「俺の拾ってくれたじいちゃんが、俺を奴らに対抗できるように育ててくれたんだ」
「……そう、だったのか」

善逸さんの強さの訳を知った成瀬さんは複雑そうな表情をして、視線を落とす。
先日、成瀬さんが言った言葉を思い出して後悔しているようだった。
最後に鬼の倒れた場所に残った衣服を見つめて、目を細める成瀬さん。

「決して人ではありえない能力を持っていた」
「まあね、鬼だし」
「それは、お前もだ、善逸」
「俺?」

突然指名され、善逸さんは自分の顔に指を指しながら少しばかり驚いた顔を見せる。
本人だけだ、それに気づかないのは。
私はとうの昔に善逸さんが強いことを知っているから、それに関しては成瀬さんに完全同意である。

「お前じゃないと真琴は守れない」

ふ、と穏やかに笑って成瀬さんが私を見る。
すぐに善逸さんが私の前に出て、成瀬さんに「見るな」と言って牽制するけれど、私はどこか嬉しかった。
声を大にして言いたい。
善逸さんは、いつも私を守ってくれる、素敵な旦那様なのだ、と。

「結局、俺は自身の力を驕っていたらしい」

腕の傷を摩り、痛みで顔を歪める成瀬さん。
私は思い出したようにカバンの中に入っていた包帯を取り出して、くるくるとその腕に巻いていく。
いつ何時何が起こるか分からないから、緊急用の包帯と薬、それから懐にはいつもの短刀を刺している。
きっと一生手放すことはないし、今回もそれが大いに役立った。
善逸さんにすればさっさと手放してほしい代物だと思うけれども。

「晴臣は、強いよ。……俺にはない正義感で警察になったんだろ。俺には無理だ」

守るのは一人で精いっぱいだよ。

気が付けば、私の手をそっと握る硬い手。
私もそれに握り返して、善逸さんの手に指を絡めた。
成瀬さんも繋がれた手をみて、優しく微笑んでくれている。

「……お前たちは、いい夫婦だな」

成瀬さんの一言を、私は自信ありげに深く頷いた。


◇◇◇


「どうしてこの前整備したところなのに、刃がこんなにも汚れているんですか?」
「いや〜…来る途中でちょっとした出来事がありまして」

当初の予定よりも遅れて蝶屋敷に到着し、玄関で仁王立ちしていたアオイさん。
言われるまま昔のしのぶさんの部屋へ案内されると、刀の整備に持ち寄った善逸さんの刀を抜いて絶句する。
そのアオイさんの声で、隣の部屋に居たらしい伊之助さんが廊下からひょっこり顔を出した。

「紋逸、お前。自分の刀すら大事にできねェのか」
「刃こぼれしまくってる伊之助に言われたくないよ! それに俺だって数時間前までとっても綺麗してたっつーの!」
「あら、こんばんは伊之助さん。今日はお泊りなさっていたのですか?」
「おう。結婚式ぶりだな真琴。今日はアオイが天ぷら作ってくれるっていうから、遊びに来てやっただけだ」
「ほう?」

伊之助さんの言葉を聞いて、意味ありげにアオイさんを見つめれば、次第にアオイさんの表情も赤く染まっていく。
それを見て可愛いと思ったのは私だけではないようで、先程までアオイさんに怒られていた善逸さんもまた、私と同じような顔をして座っていた。
私達二人の表情に気づいたアオイさんが恥ずかしさからか、声を荒げる。

「そんなことよりも! いくら使う機会がないからといって整備を怠ると、すぐに錆びてしまいますよ!」
「ごめんなさいアオイさん、私達気が付かなくて。折角、伊之助さんと過ごせる夜だったのに、押しかけてしまって」
「一体何の話ですか!?」
「そうだよ、真琴ちゃん。あんまり長居するものアレだから、さっさとお暇してあげないと」
「そうですね」

ぷうっと膨れた可愛らしい頬を虐めるのもこの辺にしておこう。

結局その日は空気の読めない伊之助さんのお陰で、宿泊することとなり。
善逸さんが久しぶりに友と過ごす夜を心から楽しんでいることを、隣で実感したのだった。