いつもの朝。
何一つ変わり映えの無い、朝。
私が朝餉を用意している間に善逸さんはお庭に出て剣を振っているだろう。
善逸さんが好きだと言ってくれた味噌汁の具を鍋に入れて、ぱたんと蓋を閉じる。
その間に昨晩の残りものが食べられそうかどうかを確認し、おかずに見合ったお皿を用意した。
使い終わったお皿や菜箸たちをガチャガチャと洗っていたら、ふと昨日カナヲちゃんたちが言っていた事を思い出した。
『善逸さん、赤ちゃんを抱いて女の人と歩いていたの』
赤ちゃんを抱いた女の人と、ではなく、善逸さんが赤ちゃんを抱いて女の人と歩いていた。
考えれば考えるほど不自然だし、あり得ないと思う。
赤ちゃん、ということはまかり間違っても善逸さんの子ではないだろうし(だって計算しても過去に善逸さんにそんな余裕があったことなんてあるわけない)、お友達のお子さん、と言っても善逸さんにお友達がそんなに沢山いるとも思えない。
どういう関係なのかは一切不明だけど、他所の赤ちゃんを抱いて歩くくらい親しい仲、なんて考えるとそれこそ頭が痛くなってくる。
……正直、今まで善逸さんの事は殆どノーマークだった。
善逸さん自体は束縛が強い方だと思うから(思い当たる節、沢山あり)、私の事はギラギラの目で監視しているけれど、そんな事をしている人に言い寄る人なんて、それこそ数える程。
私も善逸さんがそんな事する可能性なんて、微塵も考えていないけど。
「考えても仕方ない、か」
昨日は二人に大丈夫だと啖呵を切ったけど、実はこんなにも気にしている。
モヤモヤし続けるのは性に合わない。
だったら、善逸さん本人に聞くべきだ。
だけど、ほんの少しだけ怖いとも思ってしまう。
恥ずかしいけど、善逸さんとはそこそこ大恋愛をして今があると思っている。
そんな二人の間に亀裂が走るようなこと、自分からわざわざ起こす必要もないのに。
「ねえ、吹きこぼれてるけど」
「えっ」
途端、背後から聞こえた声にビクリとすると同時に、目の前の鍋から盛大に沸騰し吹きこぼれる中身。
大慌てで蓋を持ち上げて、中に冷水を入れた。
「気づかなかった? 疲れ?」
背中から包み込むように私を抱きしめる善逸さん。
声色は私を心配している。
顔を上げて善逸さんを見ると、善逸さんの頬に僅かに汗が伝っていて。
今の今まで外で鍛錬をしていたんだろうなという事が見て分かる。
ということは、それなりに時間も経過していたらしい。
私は長い時間ぼーっとしていたということか。
「考え事してたんです…」
「ふうん。まあ、気をつけなよね。俺が傍に居たからよかったものの、外に出ている間にそんな事になってたら、流石に俺も肝が冷えるからさ」
「すみません」
「……もしかして、寝不足が原因?」
寝不足、と言う単語をニヤリといやらしく笑って言う善逸さんに、思わずぐっと言葉が出なかった。
毎晩毎晩、寝室に入ってからの時間が長いのは、もう慣れた。
それが愛されている証拠、と思わなくもないけど。
「……善逸さん、何か私に言う事あります?」
やっぱりモヤモヤするのは嫌だ。
だから、遠回しに聞いてみた。
突然「善逸さん、赤ちゃんどうしたんですか」なんて聞けないし。
すると善逸さんはぽかんとして首を傾げる。
それが演技かどうかなんて、見ればすぐにわかる。
「えーっと…それは愛の告白を待ってる?」
「何を言ってるんですか?」
少し考えて、そんな事を口にした善逸さんに恥ずかしいのと呆れるのと。
嘘のつけなさそうな善逸さんには何一つ思い浮かばなかったらしい。
だから、私はすぐに諦めて「何でもないですよ」と言って、お鍋に味噌を投入した。
「いい匂い」
出汁の中に味噌を入れれば途端に良い香りが広がる。
善逸さんはぴくぴくと鼻を動かして、幸せそうな顔で私を抱きしめたまま。
やっぱり、そんな人が浮気とかするはずない。
私は少しの不安を振り払うように首を横に振った。
◇◇◇
「じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
善逸さんが作業場へ行くのに、玄関までお見送り。
私が手を振ってそう言うと、善逸さんの顔がぐいっと近づいてきて、私の唇に軽い口づけを落とす。
それはすぐに離れたけど、善逸さんの厭らしい顔が視界一杯に広がって、私は眩暈を起こしそうになる。
「いつまで経っても慣れないねえ、俺の奥さんは」
無邪気な笑いを見せて、今度こそ「行ってきます」と言って善逸さんは出て行った。
あの人、本当に女子免疫が無かったことがあったのかしら、なんて本気で思うくらい、今では完全な色気を身に纏っている。
僅かに頬に熱が籠った所を手で押さえつつ、私は慌てて部屋へと引っ込んだ。
そして、割烹着を脱ぎ捨て、用意していたお出かけ用のカバンを手に玄関へと走る。
「よし」
信じている。
善逸さんの事を信じなかった事なんて一度もない。
だけど、それはそれ。
やっぱり自分の目で確認しないと、分からない事だらけなのだ。
「勝手に外出たら、また怒られちゃうかもしれないけど」
一応外出禁止が出ているのは、数々の実績のおかげ。
今回は疑わしい行動をする善逸さんも悪いのだから、許して欲しい。
出て行った善逸さんの後を追うように、私は小走りで善逸さんの作業場方向へ向かった。
「これで何かあったら、ただじゃおかないんだから」
ブツブツと愚痴のようなものを吐き出しつつも、私は自分の帽子を深く被り、遠くの方に見えた金髪の後を追いかけた。