爆風と共に扉だったものが吹き飛んでいく。
私は破片が女の子に当たらないように、体で庇いながら薄目を開けて扉の方へ目をやった。
ぱらぱらと破片が落ちた先、その先にいたのは鱗模様の羽織を纏った…大魔王だった。
「あ」
会いたかった。
けれど、視界に入れた途端に感じたのは、ここ最近では珍しいほどの怒り。
見つけてくれるとは思っていた。だって善逸さんだから。どこにいても私を見つけてくれる旦那様。
だけど会えたことによる嬉しさよりも、この後の事で頭がいっぱいだ。
ああ、きっと凄く怒ってるんだろうな。
扉があった場所にまだ立ったままのその姿に、なんと声をかけていいのか分からない。
私の腕の中にいる女の子は善逸さんの方を見て「ひっ」と小さく悲鳴を上げている。
これでは助けに来た英雄ではなく、これから拷問しそうな悪党である。
一歩、善逸さんが足を踏み入れた。
ただ前に進んだだけなのに、まるで怪獣が都会を攻めてきたような衝撃を感じる。
気のせいかもしれないけれど。
それだけ今の善逸さんのオーラはとんでもない。
ゆっくり確実に私の方へ向かってくる善逸さん。
顔は俯いていてどんな表情をしているのか分からない。
ただ口元からは聞きなれた「シィイイ」という呼吸音が聞こえるので、決して穏やかではない。
こんなところで暴れたりしない、よね?
善逸さんが私たちの前に立ち止まる。
女の子は私の腕から泣き叫び逃げ出した。
壁の方で小さくなって震えている。
怖がらせて申し訳ないなとも思うけれど、私も実はちょっと怖い。
「ぜ、善逸さん?」
なるべく穏やかに声を掛けてみた。
もしかしたら何てことないように振舞ってくれるかもしれない、と淡い期待を抱いて。
ギロリと睨む金色の視線をかち合った。
私の淡い期待は本当に淡い期待のまま。
めちゃくちゃ怒っている。
とほほ、と心の中で一筋の涙を流し諦めて善逸さんに手を伸ばそうとした。
その手は空中で善逸さんによって握られてしまう。
そして掴まれた手が一気に引かれ、私の体は立っている善逸さんの胸の中にあった。
「あ、ら?」
私の背中にがっちり回された手。
まるで抱きつぶすように強く抱かれている。
少し痛い。でも嫌じゃない。
強く抱きしめる身体が僅かに震えているのを感じた。
そこで後悔した。
私はまたこの人を心配させてしまったのだと。
今まで何度も危ない目にあったとき、同じような気持ちにさせてきた。
もう鬼のいない世界になったのに、まだこんなに心配させてしまうなんて。
私が善逸さんなら大激怒していたことだろう。
物言わぬ善逸さんの背中に恐る恐る手を回して、同じように抱きしめた。
「ごめんなさい」
何の謝罪なのか、言わなくてもわかってくれるだろうと信じて。
小さな小さな声だった。
だけど目の前の人に届くには十分だった。
より強く力が込められて私の頭の上で「勘弁してよ」と溜息と共に吐き出されたのだ。
「急に真琴ちゃんが居なくなって、どれだけ探したと思ってるの?」
「……ですよね、ごめんなさい」
「いくら鬼が居なくなったとは言え、決して平和な世の中ではないんだからね。特に真琴ちゃんなんかどこに出しても恥ずかしくないくらいひ弱な女の子なんだから」
「…それはもう恥ずかしいのでは」
声色は不機嫌を孕んでいた。
でもそれすら愛おしく感じるくらい、私にはうれしいものだった。
バッ、と少しだけ身体が離れて、善逸さんの顔が目の前にあった。
善逸さんはくちゃりと顔を歪めて小さく「バカ娘」と呟く。
本当にその通りなので、反論はできないけれど唇だけ尖らせて不満だけ伝えておく。
あ、でも、ちゃんと伝えないと。
その言葉を言ってなかったことに気づいて、私は尖らせておいた唇を元に戻した。
「善逸さんが来てくれるって、信じてましたよ。危ないときに来てくれる、素敵な旦那様」
そう言って微笑めば、一瞬ぽかんとした顔をしていた善逸さんが徐々に顔を赤らめていき、
最終的にはりんごのような顔色になったところで「な、なっ、な」と人語をしゃべることすらできなくなってしまった。
照れてる旦那様も素敵だなぁ、と口には出さないけれど心の中で思っておく。
どうせこの人にはわかってるだろうから。
「た、たんぽぽの、お兄ちゃん?」
部屋の隅からか弱い声が響く。
すっかり二人の世界に入っていたところ、やっと現実に戻ってきた。
声のする方へ視線を飛ばすと、女の子が柱に隠れるように顔半分出してこちらを見ていた。
善逸さんは「たんぽぽのお兄ちゃん?」と首をかしげている。
「そう、たんぽぽのお兄ちゃん。私たちを助けに来てくれたの」
善逸さんから離れ、女の子に向かって手を伸ばした。
小さな手が恐る恐る私の方へ伸びてくる。
そして、その手が私に触れる直前、小屋の外から話し声が聞こえてきた。
「旦那ぁ! 扉が壊されてますぜ!!」
「あぁ?」
どうやら腹をいっぱいにした男たちが戻ってきたらしい。
小屋から出る前に見つかるなんて、面倒だなと思いながら小さな手を強めに引いて私は抱きしめた。
善逸さんは私たちの前に立ち、庇うように扉に向かって舌打ちを零す。
その背中を見ていたら、善逸さんの手が私に向かってグーパーと何かを寄越すような合図を見せた。
私はそっと懐の短刀を取り出し、善逸さんの固い掌の上に乗せた。
「なんだ、お前は!!」
小屋の中を覗く男が真っ先に善逸さんに気づいた。
善逸さんは平然と立ち、そして男を睨みきかせている。
四対一、普通に考えればまずい状況には変わりないのだが、相手が善逸さんだとすればそれは違う意味でまずい。
……鬼と違って人は殺してはダメですよ。
頼もしい背中にそっと呟いたけれど、善逸さんは返事をしなかった。
ぞろぞろと小屋の中に入る男たち。
その手には鎌のような武器や、こん棒などがあって、ただでは済まさないつもりであることが伺える。
男たちの中で一番大柄な男は、一番後ろに控えて腕を組んでいた。
その表情は余裕があった。
「女を助けにきたのかぁ? 一人でぇ?」
一番前にいた男がくっくっくと笑いながらつぶやく。
ああ、そんなに煽らないでほしい。
私の願いはあっと言う間に崩れ去ったのだけれど。
「ハッハ、バカじゃねぇのこのガキ。一人で何が」
続けて笑った男の言葉は途中で途切れた。
何故なら、善逸さんがその腹に凄まじい威力の拳をめりめりと埋め込んでいたからだ。
崩れ落ちる男。
後ろに控える三人が絶句する。
その中で善逸さんは態勢を立て直して、ぱっぱと手を払った。
「くそが。全員死ねよ」
ああ、だから言ったのに。
変な汗が背中に伝い始めた私にはもう止めることなんてできない。