08. 皆様に愛されて

あっと言う間に車は見慣れた屋敷の前に停車した。
藤乃さんと私はゆっくり降車し、その後から宇髄さんたちが乗った車も到着する。
屋敷の門を潜ると、朝出てきたときよりも雰囲気が変わっていた。
縁側の方に通され、そのまま客間で藤乃さんが持参したお着物に着替え始める。
私は宇髄さんのお嫁さんたちにお化粧が崩れていないかの確認をされ、最後に細かな直しが入った。

客間にまで聞こえる沢山の人の話し声。
善逸さんったら、きっといろんな人をお招きしているに違いない。
しかもそれを私に一言も言うことなく用意するなんて。
善逸さんらしからぬ用意周到さに呆気に取られてしまう。

自分の家だというのにどこか緊張で落ち着かない。

「お待たせしました」

黒い留袖を立派に着こなす藤乃さん。
思わず見とれていると「私も真琴さんの親代わりですからね」とにこりと微笑む。
そうして、宇髄さんまで部屋に入り、皆が見守る中、私と藤乃さんで挨拶の儀が始まる。
藤乃さんには今までのお礼を、宇髄さんにはこれからよろしくお願いしますと。
だけどなんだかそれらしくなくて、私は途中で噴出してしまった。

「宇髄さんによろしくお願いしますって言うの、何か変」
「だよねぇ〜」

私が思わず漏らした声に同乗してくれた須磨さん。
須磨さんはそのまま宇髄さんにゴチン、と軽く小突かれていた。

「お前らがとうとう結婚か。最初から一緒になるつもりだったから、今更だな」
「そうでしょうか? 少なくとも善逸さんは違うのでは」
「……お前、正気か?」

腕を組み、宇髄さんが懐かしむように瞼を閉じる。
瞼の裏には最初に会った時の事を思い浮かべているのだろうか。
花街で一緒に任務に参加したこと。
潜入捜査なんてものを初めてしたけれど、出来ればもう二度と行いたくない経験だ。
……あ、でも善逸さんの女装は割と面白かったな。

「このお屋敷で一緒に過ごしている時は、善逸さんはまだ頼りにならない人でしたけれど、成長されましたよね」

藤乃さんがふふ、と笑みを浮かべ口元を手で隠す。
確かに藤乃さんの言う通り。
最終選別に行く前日なんて、逃げようとして私にプロポーズまでしてきた人だ。
まさかその数年後に本当にプロポーズしてくるなんて思いもしなかったけれど。
もうあの時の弱い善逸さんはいない。
でも、今も昔も私の好きな善逸さんには変わりないのだ。

「真琴さん、これを」

そっと藤乃さんが背中から出したのは、化粧ポーチのような白い小物。

「筥迫、と言います。花嫁の母から贈る花嫁道具の一つです」

受け取ろうとした手が空中で止まった。
思わず私は言葉を失ってしまったけれど「ほら、受け取ってください」と優しく藤乃さんに促されて、私は両手でそれを受け取った。
中には紅が一つ、入っていた。

「きっと似合いますよ。あ、一応色は善逸さんと相談しました。外では付けてほしくないらしいですよ、愛されていますね」
「……藤乃、さん…」
「泣いちゃだめです、まだ始まっていませんよ」
「だって…」

折角化粧を施してもらったというのに。
私は自分の手の中にある筥迫を見て思わず涙が込み上げてきた。
それを慌てて藤乃さんがハンカチで拭ってくれる。

「あの時出会ったのはきっと、この日のためだったのでしょうね。私の可愛い妹として見送るための」

そう言う藤乃さんだって、よく見ると瞳に雫が溜まっている。
よく似てるぜ、お前ら、と宇髄さんが小さく息を吐く。
この時代に来て、初めて会った人。
私の、大切な、お姉ちゃん。


「さあ、善逸さんにその素敵な姿を見てもらいましょうね」


最後に鼻を啜って、藤乃さんが私の手を取る。
私はこくりと頷いた。


◇◇◇


藤乃さんの手を取って、私達は客間を出た。
宇髄さん達は先に席に着いている、と一足先に出ていった。
いつも歩いている廊下なのに、何故か少しだけ長く感じた。
私の手が震えている、でもよく見ると私だけじゃなくて藤乃さんの手も震えていた。宇髄さんの言う通り、私達はよく似た姉妹なのかもしれない。

会場とされた部屋は襖が取り払われ隣の部屋とくっつけて、設営されていた。
ゆっくり扉から顔を出すと、まず想像以上の人に私は驚きを隠せない。上座に善逸さんがいるのは分かっていたけれど、一体どれだけの人を招待したのだろうか。
私が人々の間をゆっくりと歩んでいく。
炭治郎さんや禰豆子ちゃん、伊之助さんにカナヲちゃん、蝶屋敷の人達。それから任務で出会った人の顔まで見えて思わずぽかんと口が開いた。
皆が正装して私を見ている、その表情は一様に微笑んでいた。
そして私から1番遠い場所に、愈史郎さんの姿も見えて、口元が緩む。そうか、だから夕方以降に。
日の沈むまで、彼が外に出れるまで、それも見越して善逸さんは式の事を考えていたのだろう。
パクパクと動く口が目に入った。

『良かったな』

どこか自慢げにも見えた表情。
きっと彼が善逸さんの背中を押してくれたに違いない。
私も口パクで『ありがとうございます』と言っておいた。

上座で待っていた愛しい人。
藤乃さんの手からそっと、善逸さんの手に自分のものを重ねた。
上目づかいで善逸さんを見る。
善逸さんはただ優しく、笑っていた。

ああ、この人が好きだ。

握られた手から伝わる熱が、私の胸を埋めていく。