二度目のデート




「はっ…え?」
「反応遅くない? どれだけ放心するの?」
「夢?」
「夢じゃないですぅ。名前は憧れのアイドルとキスをしましたー。……伊之助じゃなくて悪かったな」
「え?」

最後の言葉は良く聞こえなかった。
ぷいっとよそを向いた善逸が「見るな」と言ってそのまま私を胸板に押し付けた。
私の心臓がバクバクと音を立てている、そして頬を寄せる胸板から聞こえる心臓の音も。
キス、キス、キス。何度頭の中で呟いてみても、誰も教えてくれない。
何で私、善逸とキスをしたの?

「嫌だった?」

顔を逸らしていた善逸が、困ったように眉を下げて、私を見る。
まるで捨て子のような顔をして。
きっと私は微妙な顔をしているに違いない。
キス、をされて。なんで?とか、やっぱり顔を見るとアイドルの善逸だな、とか変なことを考える。
答えに困っていると善逸の手がぽん、と私の頭を撫でる。

「泣き止んでほしかっただけだから、さ。気にしないで」

ストン、と胸の中に何かが落ちた。
あ、そう。私が泣いていたから、泣き止ませるためにキスをしたんだ、善逸は。
それだけだ。意味なんかない。ああ、そう。

「別に」

私はそっけなくそう言うことしか出来なくて。
でも、弱音を吐いた善逸から離れることも出来なくて。
ただ顔を見られたくなくて、布団の中に潜り込んだ。
善逸が小さく息を吐いて、また私を抱きしめる。
キスされた直後だから余計に驚いて「んぎゃ」とまた変な声が出た。

「何で纏わりつくの?」
「……名前にくっついてると安心する」
「抱き枕でも抱いてろ!」

頭の下にあった枕を善逸の顔に押し付けるけれども、善逸は私を離さない。
むしろどこか喜んでいるような気さえする、気持ち悪い。
どうしていいかわからない、まだ頬に残る涙の跡を乱暴に擦って、頬の熱を下げようとパチパチと叩く。

「名前、顔赤い」
「こっち見ないで、向こういって」
「照れてる?」
「いいから向こう行け変態」
「俺、まだ名前と一緒に居ていいんだよね?」
「……」

ずるいと思う。
さっきまでケラケラ笑って私を抱きしめていたのに。
急に弱弱しい声で、ぎゅっと抱きしめられたら。
ダメだともいやだとも言えなくなってしまった。
善逸の顔に押し付けていた枕をそっと外して、恐る恐るその表情を見た。

「…だ、から」
「え?」
「善逸は、家族だから。好きなだけ、ここに居ればいいよ」

照れる顔を見てほしくなくて、唇を尖らせてぶっきらぼうにそう言うしかなかった。
そんなのでも、善逸は満足したように、私をまた強く抱いて「ありがとう」と掠れる声で呟いた。


あの晩からまた一つ善逸との関係が変わった気がする。
ベタベタしていた事を思えば少し距離が離れたけれども、それでも前の時よりも距離は近い。
外に出かけるときは仕事以外だとついてくるようになった。
そして必ず私の手を繋いで。
でも、それ以上の事はしてこない。大きい荷物を持ってくれたり、危ないときは腕を引いてくれたり。
その関係が心地よくて、私は酷く安心できた。

「なぁ、明日出かけねぇ?」

そんな中、週末に善逸からデートのお誘いがあった。
別にデートっていうわけではないけれど、一緒に外に出ようという意味では近いと思う。
私は会社の人から貰った美味しいと評判のたくあんを口に入れて「何で?」と尋ねる。

「久しぶりに遊ぼうと思って」
「遊ぶってことは、人通りの多い場所に行くんじゃん。大丈夫なの?」
「大丈夫でしょ、みんな俺の事なんて忘れてるよ」
「……忘れるわけないでしょ」

自分が国民的アイドルだということに気づいていないのか、本人はあっけらかんと答える。
私はこれまた面倒だなと思うけれども、それでも断る気はなかった。
気持ち的に。

「いいよ」

ポリポリ食べながら答えると、善逸はとても嬉しそうに頷いた。


◇◇◇


外に出るときはお馴染みとなってしまった伊之助の帽子を善逸が被り、玄関でトントンと靴を鳴らす。
私はちょっとヒールのある靴を履いて、珍しくひらひらしたスカートを履いた。
自分ではそんな恰好するつもりはなかったけれど、勝手に人のクローゼットをのぞいた善逸が、問答無用で「これ着て」と昨晩言ったのだ。
断る理由もないので、了承したけれど。よくよく考えればなんで人のクローゼットを当たり前のように覗いているんだろうか。
いくら家族と言えどもそんなことまでするのか、と不機嫌になったあたりで善逸が口を開く。

「うん、可愛い」

満足そうに口を緩めて。
さっきまで善逸にプチおこだったのに一瞬でそれもどっかへ行った。
案外私は現金な奴らしい。

善逸に腕を惹かれるまま、外へ飛び出した私達。
最初に向かったのは映画館だ。映画の主演は何と炭治郎。
「見に行きたかったんだー」と言いながらメンバーの映画を見に行く良い奴。
映画中も私は画面に集中することができなくて、たまに隣で必死に炭治郎を見つめる善逸を見ていた。

「結構大根だったな」
「初映画なんでしょ、緊張してたのかも」
「まあ、炭治郎はカメラとか苦手だからな」

映画を見終わって、二人外に出ながら映画の余韻に浸る。
確かに演技は初々しいものだった。
でも、題材が青春恋愛映画なので、それくらいの方が違和感はない。
むしろ、炭治郎の役にぴったりの演出だと思ってしまうくらいだ。

「んで、次何行く?」

ぐーっと両腕を空へ伸ばして、善逸が言う。
まだどこかへ行くつもりがあるらしい。
何も考えてなかった私は顎に手を置いて考えるそぶりをして首を傾げる。

「んー…とりあえずカラオケとか、それか……」

答えの出ない私の代わりに善逸が代案を述べていく。
が、その言葉も途中で止まった。

善逸の背後から、帽子を深く被った体つきの良い男が善逸の肩を強く掴んだからだ。

「おい!! 紋逸っ、見つけたぜ!」

ビリビリと耳に残るくらいの迫力ある声。
それが聞き覚えのあるものだったから、私は思わず止めに入る事も忘れて目を見開いた。
善逸も同様に、まるで幽霊を見るような目で男を見ていた。

「伊之助…?」

名前を呼ばれた男はチッと舌打ちを零しながら帽子のツバを上げて、善逸を睨んだ。


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