男の友情と殴り合いはイコール
こんな光景を見ることが出来るなんて。
私はこっそり台所で喜びの涙を流していた。きっと前世の私が徳を積んだのだろう。
神様に祈ったことなんてないけれど、こういうときだけ神様に感謝の意を伝える。
ありがとう、ありがとう。
「なあ、茶入れるのにどれだけ時間かけるの?」
「……うるさい」
怒りを含んだような声が背中の方から掛かったので、私はさっと表情を変えて唇を尖らせる。
人が喜んでいたというのに、この男は。
はあ、と溜息を吐いてお盆の上にコーヒーを人数分乗せて、私はリビングへと戻ることにした。
まさかこんな光景がうちのリビングで繰り広げられているなんて。
炬燵に向かい合うように座る、イケメン二人。
片方は家族と化しているが、もう片方は先ほど街中から引き連れて帰ってきたK-styleの伊之助だ。
こんな美少年が存在するのかと、ライブやテレビを見ていて思っていたが、こんな間近で見ると、この美少年を生んでくれた伊之助のご両親に感謝しかない。
善逸と街に出ていたら声を掛けてきた男。それはK‐styleの伊之助だった。
何故こんなところに、と声を荒げそうになる善逸を止めて私は慌てて二人をその場から連れ出した。
だって、周囲の人に気づかれでもしたら、忽ち人だかりが出来て、話し合いなんて出来るはずもないからだ。
カフェやレストランに入ろうとも考えたけれども、同じ理由で辞めてこうして我が家へ迎え入れたというわけである。
「幸せ」
「…なんて?」
「なんでもない」
伊之助を家に連れてきた辺りから、金髪の男、善逸はあからさまに不機嫌となり、こうして私の発言する一言に眉を顰める。
いいじゃないか、私の大好きなアイドルが、二人も私の家に居るのだ。
これを幸せと呼ばずに何と呼ぶ。
伊之助と善逸の前にコーヒーを置き、私はさっさと下がろうとした。
けれど、私の空いた手を善逸の手が引き留める。
無言でその手を見つめていたら、善逸が「ここにいて」と呟いた。
伊之助が「ああ?」と声を上げる。
「おい、この女はなんだよ」
「俺の大切な人だよ、いいからここで話聞いてて」
「…うーん」
まあ、家族だからね。と困ったように笑って、もう一度座り直した。
私を間に挟んで両者がにらみ合う。
伊之助は偶に私をみて、「チッ」と舌打ちを零した。うそでしょ、初見で嫌われるの?と心中で泣いた。
「……何で居なくなった」
伊之助の口から出たのは、まずその話題だった。
当たり前と言えば当たり前だ。私も先日善逸から聞いたばかりだから、内情は知ってはいるけれど、善逸は彼ら二人には説明することなく飛び出してきて、尚且つ勝手に芸能活動休止となっている。
状況を知らない二人からすれば、何の説明もなしに勝手に活動休止になっているし、探してみれば女の家でヒモのような生活を送っているのだ、どう考えてもよろしくはない。
勘違いしているんだろうな、なんて頭の片隅に考えながらきゅっと唇を閉じる。
「言えない」
「言えないってなんだぁ!? 俺らは仲間じゃねーのか!」
「……ごめん」
「は?」
伊之助がどんどんと声を大きくする。
声色に感情が乗っているし、それを聞いて善逸も悲しそうに視線を落とす。
それを間で見ながら、私はまた溜息を吐いた。
二人とも、お互いの事を考えているのだ。
伊之助は突然いなくなった善逸を心配して、探していた。
さっき聞いたところによると、炭治郎も同じように空き時間で探していたらしい。
突然何も知らないうちに、まるで脱退するかのような休止宣言。
一番近くにいた二人が心配しないわけがない。
対して善逸の方は、望まない仕事をさせられそうになり、それから逃げた。
二人の事を考えれば汚れ仕事を受けて、グループの大きな仕事を引き込めばよかったと思っている。
ただそれを二人に言えば、きっとK-styleは今の事務所から抜けるだろうし、今までのような仕事が舞い込んでくる状況化ではなくなると知っている。
どちらもお互いの事を想いあって、会話をしているのだ。
それを知っているのはきっと私だけだ。
「大体、女のところで世話になってるってなんだよ!? 何か弱みでも握られてんのか?」
「それは名前が俺を拾ってくれたからそうなっているだけだし、俺が望んでここにいるんだ」
「意味わかんねぇ」
「あのさ、伊之助。俺、戻るつもりはないから」
「ふざけんなお前!」
伊之助の冷たい視線にも段々と慣れてきたころ。
突然伊之助が立ち上がり、善逸の胸倉を掴んだ。
捕まれた方の善逸は抵抗することなく、伊之助を見ている。
私もつられて立ち上がり、伊之助の腕を横から掴んだ。
「ちょ、暴力は駄目…」
「うるせぇ! 無関係のくせに入ってくんじゃねーよ!」
「……オイ」
バシン、と私の手を強く振り払う伊之助。
ああ、推しに手を触れてもらった、という喜びと同時に、推しに壊滅的に嫌われたと悲しみまで交差する。
そんな私に、黙って胸倉を掴まれていた善逸が私の腰を掴んでそっと自身に抱き寄せた。
炬燵の天板に足が当たって、コーヒーカップ達がガチャンと音を立てる。
「触んな」
いつの間にか善逸の胸の中にいて。
そして、さっきまで伊之助に謝っていたはずのその口は、信じられないくらいドスの聞いた低い声を放っていた。
何が起こったか、いまいち理解が追い付かないけれども。
少なくとも、胸倉を掴んだ手がすぐに離れて、今度は拳が善逸の頬に飛んできた事だけは、視界に捉える事が出来た。
「っ…てぇ…」
殴られた拍子に私と善逸の態勢が崩れたけれど、善逸は私から手を離さなかった。
なんとか倒れる事なく踏ん張った善逸に寄り添うように、私はそっと赤らんだ頬に手を伸ばす。
「…ぜん、」
二人が仲たがいをするのを見てられなかった。
だから、もう言ってしまえば、という意味で名前を呼ぼうとした。
けれど、善逸の指が私の唇にそっと当てられて。
「いいから」
と哀し気に笑った。