一難去って
いいから、と言われても。
何一つ状況は良くないことを、きっと善逸は分かっている。
だけども、それを伊之助に言わないあたり、今あるK-styleを守ろうとしているのが良く分かった。
立場上無関係な私が口に出すことは出来ない、とはっきり理解した。
私は本意ではないけれど、そのまま黙って言う通り口を閉じていた。
伊之助は強い舌打ちと鋭い視線を私達に向けている。
「俺たちより、その女がいいのかよ?」
伊之助の発言に私は思わず目を疑った。
いや、それは全く違う意味である。びっくりするぐらい勘違いをしている様子の伊之助に私は思わずポカンとなってしまった。
私が見事固まっている間にも、善逸が小さく息を吸った。
「ああ」
ドクン、と胸が鼓動した。
てっきり誤解を解いてくれるのだと思ったのに。
善逸は嘘偽りないと言った顔で穏やかに微笑む。
まるで、本当にK-styleよりも私の事が大切だと、そう思っているような。
その後に続いた伊之助の罵倒も耳には入らなかった。
だって、私は平然と言ってのける善逸の顔から眼を逸らすことができなくて。
大きく鼓動していく胸を服の上からぎゅっと握ったけれど、治まる様子はなかった。
馬鹿だ。
私は、善逸の言葉を聞いて、喜んでいたのだ。
K-styleが好きで、伊之助が好きで。
善逸の単独グッズすら買ったことのない、一般庶民の私が。
家族が居なくなってしまった、私が。
善逸がこれからも私の傍に居てくれるという確信を持っただけで、こんなにも心が満たされるなんて。
まるで、そう。
私が、まるで善逸のことを好きだと思っているみたいに。
「……名前?」
善逸に名前を呼ばれて、私はやっと現実に戻ってきた。
どれだけ放心していたのかはわからないけれど、目の前の伊之助が一通り叫んでゼーハーと疲れているくらいには、罵りあいが繰り広げられていたのだろう。
さっきの善逸の発言で、私は全くそれどころじゃなかったけれども。
いつまでも抱きしめられていた手がそっと離れて、私をやっと解放する。
すとん、と元の場所に腰を下ろすと、立ち上がっていた二人もしぶしぶお尻を落とした。
「何を言っても、無駄なのか?」
「そうだよ、俺はもう戻らない。後は任せた」
「……俺たちに言えない事だけは分かった。今日の所は帰る」
「何度来ても同じだってば」
伊之助の悔しそうな表情とハハ、と乾いた笑いを向けるその横顔をなんとも言えない気持ちで見ていたら、善逸とバチっと目線が合った。
「何か言う事ないの?」
「何かって?」
「ほら、伊之助が目の前にいるんだからさ」
「……え?」
「あ?」
伊之助の頬がピリっと吊り上がる。
いや無理。どう考えても無理。何が無理って、推しがこの短時間で私に心の底から嫌悪抱いているから。
善逸は少し唇をツンと尖らせていたけれど、私が真っ青な顔で首を横に振ったのを見て、どこか嬉しそうに笑った。
いや、あの、何笑ってんの。
こっちはあんたを庇ったことで、推しに嫌われたんだぞ。
と、口に出来ればよかったけれど、勿論伊之助の前でそんなこと言えないので、心中で悔し涙を流しておく。
「……ら、ライブがんばってくだ、さい」
「喧嘩売ってんのか、お前」
「ごめんなさい」
苦し紛れに出た言葉で更に嫌われてしまったようだ。
額にピキっと走る青筋を涙目で見ながら、しゅんと項垂れた。
お葬式だ、伊之助が帰ったら伊之助グッズを埋葬しなければいけない。
私なんかがファンを名乗ってはいけない。
ズンズンと暗い気持ちが押し寄せる中、善逸は明るい声で「ほら、用が済んだら帰れ」と無理やり伊之助を立たせると、その背中を押してさっさと玄関へ誘導してしまった。
数分後、タップダンスでもしそうな空気を纏って善逸が一人で戻ってきた。
「伊之助、また来るってさ」
「……そうなんだ」
「何で? 嬉しくないわけ?」
「2時間前の私なら嬉しかった」
ガックリ肩を落とした私に善逸は嬉しそうに隣へ寄ってきた。
きっとそんな私を見て面白がっているんだろうけれど、それでもその瞳が揺らめいているのを見逃さなかった。
私は善逸の肩に自分の頭をこてん、と傾けた。
「名前?」
「ごめんね、もっと上手に出来たかもしれないのに」
「何の事?」
「私が仲介すれば伊之助と喧嘩なんてしなかったでしょ」
「…名前が居なければガチの殴り合いになってた」
思わずぎょっとして傾けていた頭を離した。
善逸は自分の殴られた頬をそっと撫でて「痛かったぁ」と呟く。
「伊之助とはあれでいい。むしろアレが一番良かった。他のルートは全部殴り合いで病院送りだろうから」
「アイドルなのに殴り合いの喧嘩とは」
「しょうがないじゃん。俺達はアイドル以前に、大事な仲間なんだから」
分かり合えるまで、手段は選ばない。
芯の通った声ではっきりとそう告げられれば、私はもう何も言う事は出来ない。
私の知らない、K-styleとしての絆。
少しだけ垣間見えただけで、彼らの好かれる要因が一つ分かった気がする。
「……本当に素敵な仲間だね」
「でしょ。ちょっとムカツク所もあるけどね」
そう言って笑う善逸は、さっきの哀しい笑いよりも遥かにいい顔をしていた。