時が、止まった
「何なのよ、あの男!」
年に一度、数年前に死んだ姉夫婦とその息子の仏壇に手を合わせに行った。
一人残された姪はいつもと変わらず死んだ目をして私の後ろをとぼとぼついてきていたのに、今日は違った。
近くにあったクッションをベッドに向かって投げて、私は大きく跳ねながらベッドに腰かける。
考えれば考えるほどイライラする。
派手にネイルしていた親指を無意識にガリガリと噛みながら、私は先程の姪の様子を思い出していた。
あの男。
姪の名前を呼んで家に入ってきた、あの金髪の男。
まるで人の心を見透かしたように言い当てて、それに感化されたのか、姪も今までと違った態度を示し始めた。
その姿に亡くなった姉の面影を感じて余計に腹が立つ。
偉そうに。私がいなければ、廃人だったくせに。
そもそもあの男さえいなければ、あのまま姪は私に同情して、遺産のいくらかを寄越しただろうに。
余計な事をしてくれたものだ。あの状態ではもう二度と姪は私を家に入れないだろう。
「…ムカツクッ」
たまたま腰かけたベッドの上にあったテレビのリモコンを壁に向かって投げつけると、その反動でテレビの電源が付いた。
更に苛立ったけれど、途端に画面に表示された人物の顔を見て、思わず驚愕した。
「…は、この男」
先程、姪を庇うように私と対峙した男、そいつが画面いっぱいに出ていたからだ。
一瞬言葉を失ったが、数秒してやっと冷静になれた。
テレビのナレーターは「休止してから数か月が経ちましたが、K-styleの我妻さんは今、何をしているのでしょうか」と尋ねている。
K−style…?
そう言えば、少し前まで姪がそんな名前のアイドルにドはまりしていたような気がする。
いつも部屋いっぱいにあるグッズが、今年は全くなかったことに不信感を覚えたところだった。
テレビの芸能人達、そして芸能リポーターは続ける。
『実は彼の居場所は事務所も把握していないそうですよ。メンバーの竈門さんや嘴平さんは知っているのかはわかりませんが』
『事故か何かに巻き込まれたんですかね』
『いえ、具体的な話は出ていませんが、どうやら事務所と行き違いがあったと…』
行方、不明。
それを聞いて、思わずにんまりと口角が上がる。
先程までのイライラなんてすっかりどこかへ消し飛んでしまった。
なるほどそう言う事なのか。姪も地味な子だと思っていたが、そうでもなかったらしい。
事務所も居場所を把握していない、ということは。
私は近くにあったスマホを触り、K-styleについて調べ、事務所の名前・電話番号を見つけて更に目を細めて笑う。
「ふふ、ふふ…」
たった一人の家族をぞんざいに扱った罰よ。
後悔するがいいわ、と私はそのまま電話番号をタップし、数回コール音を聞きながら瞼を閉じた。
「あ、もしもし? 我妻善逸と言う人を見たんですけど」
◇◇◇
「善逸、いい加減離れて」
「絶対嫌」
叔母さんが家を出た後、気の抜けた私はへなへなとその場に座り込んだ。
それを善逸が慌てて駆け寄ってきて、気難しい顔で暫く眺めていたかと思うと、急に私の身体をぎゅうっと抱きしめてきたのだ。
最初は私を慰めてくれているんだろうと思って、されるがままだったのだけれど、それが五分を過ぎたあたりでも全く微動だにしないのでこうして苦言を呈した。
が、それもあっさり拒否されてしまい、私はどうすることもできないので、暫く我慢することにした。
善逸なりに慰めてくれていることに違いないから。
「…俺さ」
「うん?」
さっきまで殆ど喋ることのなかった善逸が、まともに口を開いた。
私は善逸の肩から顔を出して「何?」と尋ねると、善逸は顔を私の身体で隠したまま呟く。
「俺、もっと名前のこと、知りたい」
「…え、うん」
「…なんだよその反応」
「何か変態っぽくて」
何だよそれ、とくぐもった声が聞こえて私はくすりと笑う。
ここ数日まともに笑ってなかったからか、顔の表情筋が活発に動いているのが良くわかる。
そんな私の様子に恐る恐ると言った感じで善逸がちらりと顔を見せた。
「ごめん」
「何が?」
「名前は俺の事を助けてくれたのに、俺は何もできなかった」
「何を以て何も出来なかったって言ってるのか、全然理解できない」
善逸の背中にそっと手を回して、今度は私が力強く抱きしめてみた。
「名前?」という善逸の声が聞こえたけれど、やめてなんかやらない。
いつもは自信家なのにどうしてこういうときだけヘタレなんだろう。
さっきの善逸がどれだけ恰好よかったのか、自覚もないというのか。
「家族って言ってくれて嬉しかった」
思い出しただけで涙が出そうだ。
善逸が叔母さんに向かって、そう言っていくれた事実がこんなにも私の心を癒してくれる。
家族がいなくなった穴を善逸が埋めてくれるような、そんな温かな気持ち。
自分が独りぼっちではないと、そう言ってもらえたみたいに。
「…別に嘘でも何でもないから」
プイ、と顔を逸らした善逸に私の心臓が大きく鼓動した。
何だか少しだけ、ほんの少しだけ、好きだなぁって思った。
ほんの、少し。
「でもさ、」
善逸がガバっと私から身体を離して、じっと見つめてくる。
私も目を逸らすことなく、善逸の金色の瞳を同じように見つめた。
「どうせなら、本当に家族になっちゃう?」
そう言って、私の顔に近づいたかと思えば、優しく唇を親指でなぞり、色っぽさを孕んだ視線で私を射抜いた。
時が、止まった。