寝る子は育つというけれど



目が覚めたら昼近い時間だった。
起きた場所も自室ではなくて、リビングだったし。
お酒を飲んだわけではないのに、自室に戻らずそのまま眠ってしまうとは。
いくら自分の好きなアイドルが家に来たからって、調子に乗りすぎではないだろうか。

「あー…あ?」

よもや女性とは思えない声を上げて、上半身を起こした。
リビングの固い床が見事私の背中を痛めてくれた。
背中に走る痛みに顔を引きつらせると、私は自分のお腹の上にある自分のものではない足に気が付いた。
なんか重いと思ったら、などと呑気な事を考えている場合ではない。

私の斜め横。
アイドル、我妻善逸はその細長い足を私の腹の上にバーンと投げ出し、気持ちよさそうに眠りこけていた。
意味が、わからない。
思わずその姿を凝視した。
夢でも見ているのかと。

いや、それは昨日も思った。
これは夢なんかじゃない。
ぽりぽりと自分の腹を出し、手で掻いてる様はアイドルと言われると疑いたくなる行動だ。
その様子からきっと眠っている間には何もなかっただろうと思う。
私も何かされた記憶はない。

それにしても、だ。
なんでこいつはまだウチにいるんだろう。
そりゃあ好きなアイドルグループだから、無碍にはしたくないけれど、風呂に入って飯食ったら帰ると思っていた。
それが半日以上ずっとここにいたというのか。
……意味が分からない。
流石に家に帰れよ。

きっと他のファンが聞いたら悲鳴を上げるだろうけれど、私はすぐに帰ると思っていたから正直ドン引いている。
私の冷たい視線に気づかず、善逸は口元をひくひく動かしながら、まだ夢の中だった。

このまま善逸が起きるまで睨みつけてもよかったけれど、休みである貴重な時間をこんな事に費やすのはバカだと思った。
ので、善逸の足を丁寧に扱うこともなく、そのまま固い床の上に乱暴に下ろした。

「う、」

一瞬、善逸の表情が歪んだけれど、すぐに気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
いつまで寝るつもりなんだろう。
はあ、とその寝顔に溜息を吐く私。

逆に言えば、それだけ疲れているということだと思うけれど。

K-styleのここ最近のイベントの数、それからテレビ出演は計り知れない。
きっと私たちファンが知らない仕事だってあるだろう。
たった一つの体をどれだけ酷使してきたんだろうか。

そう考えたら、もう少し寝かせてやろうと思ったので、私は諦めて昨日の食器を片付けることにした。


◇◇◇


昼、というかもうそろそろ夕方になろうかという時間。
まだ善逸は起きてこなかった。
寝ている人間の横でテレビを見るのは気が引けたので、今まで時間がなくて読めなかった本を引っ張り出して善逸の横で読書をすることにした。
最初は本に集中していたけれど、隣で眠る顔のいい男が布団も着ず、枕も使わず寝ている姿が可哀想になり、別室からタオルケットと枕を取ってきた。
それをそろりとかけてやり、起こさないように本を読み進めた。

夕方になった。
あまりにも眠りすぎじゃないだろうか。
一応生存確認のため、たまに鼻を摘まんだら「うが」と声を上げたので、一応生きているみたい。
冷静に考えればアイドルの鼻を摘まむ機会なんて、一生巡り合うことはないだろうな。
眠れるなら眠らせてあげたいけれど、先ほども述べたようにK-styleは忙しいアイドルだ。
果たして丸一日の休息が存在するのか怪しい。
この後に仕事があったら、他のメンバーにも迷惑がかかるだろう。
私は気が進まないけれど、彼を起こすことにした。

「ちょっと」

軽く声を掛けた。
けれど、夕方までぐっすり熟睡するような善逸に、きくはずもなく。
今度はぺち、とその頬を叩いてみた。

「あん」
「……」

変な声を上げられたので、もう二度としないと決めた。
もしかして善逸は痛めつけられるのがお好きな人種なんだろうか。
テレビと実際会うとではやっぱり違うななんて考えつつ、私は頬にぶすりと人差し指を刺した。

「…ん」

ぴくぴくと善逸の瞼が痙攣する。
もうそろそろ起きるんだろうか。
こんな状態を見られるのも嫌なので、さっさと指は外した。


「……朝?」


目を覚ました善逸の開口一番の言葉に、私は呆れた声を上げる。

「そうだね、綺麗な茜色の空だよ」

すぐそばで聞こえた私の言葉に善逸は少し驚いたようだった。
隣に私がいるのに気づいていなかったらしい。

「は?」
「何がは?な訳。よそ様のお家で熟睡できるなんて、すごい神経」
「あ、あぁ、なるほど」

こちらの嫌味で何となく理解はしたらしい。
善逸は片手で頭を押さえ、ふう、と息を吐いた。


「……仕事はいいの?」


素人が聞いていい案件ではないことくらいわかっているけれど、流石に長居させすぎた。
私の言葉に頭を摩っていた手が止まる。

「いい」

それはとても冷たい声だった。
触れてほしくない、と全否定するような。

「あっそ」

だから、それ以上は何も聞かないことにした。
そんな私の様子に、善逸は更に驚いていた。

「興味ないの?」
「ない」
「ファンなのに?」
「私が興味があるのは伊之助だから」
「あー…そうね」

善逸から視線を外して、途中まで読んでいた本の文字を追いかける。
なるべく彼の心を傷つけないように。
これ以上、詮索しないように。

「変な奴」

ぼそりと呟かれた言葉には思わず「あん?」と反応してしまったけれど、そこには穏やかに笑う善逸がいた。

テレビで見る笑顔とは違う、素の。


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