誰だ案外バレないなんて言ったの
「すげー隈」
朝日と共に目が冷めた善逸は、真横で転がる私を見て、いの一番にそう言い放った。
そりゃそうでしょうね。
どっかの誰かさんが規則正しい寝息を立てて、素敵な夢の中に足を踏み入れていた間、私はというと何でこの男の隣で、
こうして同じ布団に入っているのかという解けない難問にぶち当たっていたのだから。
しかも夜通しずっと考えていた。
お陰で、眠ったというよりいつの間にか意識が、フェードアウトしていたようだった。
マジでふざけんな。
という、私の思いが少しでも伝わったのだろうか。
大あくびをしていた表情がぎゅっと一文字に口が閉じられ、意味ありげに視線を送られる。
あんたの所為だ、あんたの。
っていうか、この男。
昨日あんなに寝ておいてまた一晩眠れるなんて、どれだけ睡眠が足りてなかったんだ。
……やっぱりアイドルは常人と比べたらとんでもない職業なんだなと改めて実感する。
「本当に行くの?」
一応、昨日の話では今日は善逸の服を買いに行く手筈だった。
だけどもやっぱりどう考えてもいい案ではないので、やっぱり無しーという言葉を期待して尋ねてみた。
すると予想に反して善逸は「勿論」と自信満々で答える。
そこで頑なに家に帰る、という選択をしないあたり、当然とも言える。
「外に出る恰好は…」
「俺が着てきた服で行くから」
ベッドから足を下ろして、善逸は立ち上がる。
着てきた服、というのは善逸を拾ったその日に来ていたパーカーの事だろうか。
確かにあれなら外に出られるだろうし、昨日洗濯しておいたので問題なく着られるハズだ。
それでも。
「そんな頭してたら一発でバレると思うけど」
緩く伸びをする背中を見つめ、そう呟いた。
K-styleのメンバーは皆、珍しい髪色をしている。
それが地毛なのかどうかは知らないけれど、善逸のこの金髪はメンバーの中で一番目立つ色だ。
こんな頭をしたイケメンが外を歩けば、すぐに集中砲火を受けると思う。
「じゃあ帽子貸して」
はい、と私の方へ手を出して「ほら」と催促をする。
散々人の家にお世話になっておきながら、帽子まで借りようとするのか。
しかも当然のように。
私は呆れつつ、善逸の横を通り過ぎ、壁にある小さな引き出しを開けた。
中から出てきた一つの帽子をそっと善逸の掌に乗せると、善逸の表情が一気に引きつった。
「何これ」
「何って、あなた方が出してるグッズの一つですけど」
全体的に藍と黒でデザインされていて、全面部分には「K-style」とロゴの入ったキャップ。
この他に黄色と緑のカラーバリエーションがある。
勿論私は伊之助推しなので、この帽子しか持っていない。
「これ、俺が被ったらギャグじゃん」
「文句言うなら返せ」
「……」
なんやかんや腑に落ちない顔を見せていた善逸だったが、背に腹は代えられないと思ったのか、結局家を出るときには黙ってそれを被っていた。
なるべく自分の髪は帽子の中へ入れて、髪型でバレないようにしていた。
あとは芸能人特有のマスクを着用すれば、まあ、一見善逸には見えない…ことはない。
「……バレるって」
「いやー大丈夫でしょ」
隣で一応言ってみたけど、当の本人はけろっとした顔で、久しぶりの外へリズムよく歩き出した。
◇◇◇
「ねえ、あの人…」
「え?」
数時間の前の私にはっきり言ってやりたい。
ほーら言わんこっちゃない、と。
善逸と一緒に繁華街に出たのは良かった。
私も珍しくオシャレして出たこともあって、気分が乗っていた。
二人でとりあえず、適当なお店に入り、かごにぼんぼんと突っ込んでいく善逸を見ながら、私はその二、三歩後ろに立って辺りをキョロキョロしていた。
すると背中から聞こえた声に背筋が凍る。
ゆっくり振り返って声の主を見ると、可愛らしいお嬢さんたちが、服を物色する善逸の方を見てこそこそと話していたのだ。
ああ、まずい。これはまずい。
疑惑の視線がこちらに向けられているのは確かなので、一刻も早くこの場を立ち去らないといけない。
何を考えて沢山の服をかごに入れているのか知らないけれど、そんな悠長なことをしている場合ではない。
私は慌てて善逸の裾を掴み「やべーよ」の意味を込めて善逸の瞳を見つめる。
善逸は服を持つ手を止めて、じっと私を見る。
「…ん?」
意味が通じなかったのか。
善逸は暫く私を見つめたまま、動かなくなった。
表情は無。
何を考えているのかもわからない。
私のアイコンタクトでは無理だったみたいだ。
諦めて「バレる、後ろ」と小声で漏らしてやっと善逸の視線が私の後ろへと向けられる。
「なーんだ」
何がなーんだ、なんだ。
つまらなそうにそう言ったと思えば、善逸は大量の服を持ってレジへと急ぐ。
私も慌ててその後ろについていく。
「カードで」
店員さんが三人善逸について、たくさんの服を綺麗に畳んでいく。
そして、それだけの買い物を金色のカード一枚出して清算するとは、流石アイドルだ。
善逸の様子に関心していたら、私はやっと気づいた。
……あれ、なんでこんなに沢山服がいるの?
うちで過ごすつもりがあるのは分かったけれども。
それにしたって、とんでもない量を買い込んでいる。
出不精の私の買い物一年分くらいじゃないだろうか、なんて考えつつ、大きく膨らんだ袋を三袋下げる善逸を見た。
「俺の用事終わったから、デートしようよ」
店を出た善逸は、にやりと口角を上げてそう呟いた。
こいつ、本当に人の話聞いてたのか、と呆れかえる。
結局私は大きな袋を下げた善逸と一定の距離を保ち、なるべく人の少なそうなカフェに入ることにした。