独りの世界



「……ねえ、やっぱり出ない?」
「何で?」
「私が針の筵だからだよ」

盛大に溜息を吐くと、目の前の男はきょとんとした顔で、変わらずイチゴパフェを頬張った。
ちなみに私はチョコバナナパフェであるが、さっきからほとんど味がしない。
それもそのはず、カフェの中に居る女性客の視線が善逸に集まっているのを感じたからだ。
そして、その善逸が連れている女(私)は誰だ、と品定めするようなそんな視線の中、おいしくパフェなんて食べられない。
こんな中で気づかないなんてこと、ある?

善逸の小脇にある荷物ボックスは全て、先ほど買ってきた衣服の袋でいっぱいだった。
いったいどれだけ買い物すれば気が済むというのか。
思わず袋を睨みつけながら、呟いた。

「そんなに買い物してどうするの?」
「どうするって、服は着るから買うんだよ。俺、必要なもの以外周りに置かないから」
「毎日お色直し三回くらいするつもり?」
「はあ? しないよ」

しないよ、と言うけれども。
だったら何故そんなに買ったんだ、もしかしてそれだけ長居するつもりなのか、と喉手前まで出かかったが、口には出さなかった。
誰に聞かれるやも分からない外では、そういう会話は避けた方がいいだろう。
変装している今でさえ、視線を集めているのだから、何の拍子にバレるかわかったものではない。

「…早く食べて帰ろうよ」
「何で?」
「誰かさんの所為で居心地悪い自覚ない?」
「……あー…」

ぱくり、と生クリームを口に放り込んで、善逸はちらりと周囲に目を向けた。
やっと理解したか、と思ったけれど、どうも最初から気づいていたみたいだ。
あまり反応がないし、周りを見渡す視線は少し冷めていると感じたから。
流石に視線を飛ばされた女性客も善逸の冷たい視線には驚いたようで、さっとすぐに視線を反らされていく。
……さっきよりマシにはなったかな。

「もう少しくらいいいじゃん。どうせ物珍しいイケメンがいるから、見てくるだけだし、害あることなんてめったにないから」

はあ、と息を吐く善逸。
色々ツッコミたい発言が耳を通り過ぎたけれど、面倒になった私はまるっと聞こえない振りすることにした。
アイドルの苦労なんて、私にはわかるわけないからだ。
善逸のその口ぶりからすると、きっと今までも色々あったんだろうと思うけどさ。

「やっぱり早く出よう」
「えー」
「いいから。それ食べたら行くよ」

気が付いたら名残惜しくパフェを口に運ぶ善逸に、そんなことを言っていた。
何故だか、彼をこれ以上人の目に晒したくないと思ってしまっただから。
少しでも、気の休まるところへ。
今は、アイドルの我妻善逸ではないのだから。


善逸の手にあった洋服の袋を一つ奪って、私は自分の腕に掛けた。
「それくらい自分で持つ」と言ったけれど無視して私が持つことにした。
そう思うならこんなにまとめて買わなければいいのだ。

視線を感じるカフェから出て、私たちは人の往来が多い道を歩く。
善逸よりも一歩前を歩き、まるで先導するように進む。
その足は早足である。
一刻も早く、と足は自然と加速していた。

「ねえ、どこ行くの」
「いいから」
「……」

信号を横断しようとしたら、ぎりぎりで赤へと変わってしまった。
忙しく動いていた足がぴたりと止まる。
ふと、さっきまで後ろでブツブツ言っていた善逸が静かなことに気づいた。
振り返って善逸の方を見ると、善逸はお店のショーウィンドウの中にあるモニターに視線をやっていた。
モニターは現在のニュース番組を映しており、アナウンサーが原稿を読み上げている様子が分かった。
何を伝えているのか、声までは聞こえない。
けれど、聞こえなくても画面に表示された写真で何となく意味が伝わった。


画面いっぱいに表示されていたのは、K-style・善逸の芸能活動休止を伝える報道だった。


はっとなって善逸の顔を見ると、何も変わらない、無の表情だった。
だけど、私の目には善逸が泣いているように見えた。
思わず善逸の空いていた手を握った。
冷たい、手だった。

丁度信号が青になったので、そのまま私は早足で善逸を引きながら歩く。
もう善逸は何も言わなかった。

後悔した。
何故こんなところを歩いてしまったのだろう。
あと数分、カフェに居れば。他の道を通れば、善逸があの報道を見なくて済んだのに。
あんな顔させずに済んだのに。

ぎり、と奥歯を噛み、私はただただ目的の場所まで歩いた。



◇◇◇


「何飲みたい?」
「……いらねー」
「炭酸ね」
「言ってねえ」

目的の場所周辺までやってきた。
もう人はほとんど歩いていなかった。
近くに会った自販機で飲み物を買おうと、善逸に尋ねたけれど、やはり表情は優れないようだ。
問答無用で炭酸のジュースを購入し、私はミルクティーのボタンを押した。

飲料缶を持って、少し歩いたところ。
何隻かの小型船が停泊する、海辺だった。
砂浜があるわけでもない。
あるのは座ったら痛そうなフジツボのついたコンクリートだけ。
その辺にあるテトラポットなんて、ペットボトルのごみが乗っていた。
お世辞にも綺麗な場所とは言えない場所に、立ち入り禁止と書かれたフェンスを越えて、ぽかんと立ち尽くす善逸に「ほら」と促した。
善逸は一瞬嫌そうな顔をしたけれど、何も言わずに私の後に続いてフェンスを越えてきた。

足元のコンクリートの道は、幅2m程度。
少しバランスを崩せば海へ落ちてしまいそうな、そんな危うい場所だった。
そこをすたすたと進んで、これ以上先には行けない一番奥まで到着すると、私はお尻が汚れようがそのままその場に腰を下ろした。

「…磯くせぇ」

決して綺麗な場所なんかじゃない。
夕焼けが見えて、海がきらきら反射するような、そんなところじゃなくて。
海藻がうじゃうじゃしているし、たまにゴミまで浮いている。
匂いだって善逸が言ったように磯の香り、というより磯の臭いといった感じだし。
いいところなんて一つもない。

「何でこんな汚いところなんか」

さっきよりも文句が出るようになった善逸に、ほっと胸を撫で下ろした。
あの報道を見てからまともな文句を口にしていなかったから。
善逸も私に倣い、そのまま隣に腰かけた。

「くせぇし」
「臭いね」
「なんかシオシオしそう」
「だね」
「なんの用があるんだよ」
「なんの用もないんだけどね」


でも、ここは人が来ないから。


ぽつりと呟いた一言で、善逸はまた黙ってしまった。

私は続ける。


「家に居ても、外に居ても。人の目ってあるんだよ。ご親切に家まで尋ねてくる人や、外で声を掛けてくる優しい人なんかね。でもね、私は捻くれてるから、全部面倒だったの」


全部全部、消えればいいと思った。

私だけ残された世界なんか。


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