綺麗な
置いて行かれるくらいなら、全部無くればいい。
どれだけ望んでもそれが叶う事はない。
「触れてほしくなかった、誰にも。ほっといて欲しかった」
それでも周囲の人たちは善意で私に近づく。
一人残された私が、そのまま命を絶つんじゃないかと思ったのだろう。
間違ってはいない。ただ私には死ぬ勇気がなかった、それだけだ。
家族があの世で待っているのに、死ぬことも出来ない。自分で自分を苦しめるその環境に慣れるまで。
「自分でなんとかするから、だから待ってて欲しかった」
折り合いを付けられるかどうかで言えば、今も折り合いなんてついていない。
考えないように現実逃避をしているわけでもない。
ただ私は逃げることも、前向きに生きる事も“何もしたくなかった”。
「我儘を言っている自覚はあったけれど、それが私にとって最善だった。…そんな時、四六時中つけっぱなしのテレビに一瞬映った貴方たちを見た」
隣の善逸が息を飲んだ。
それでも私が最後まで話すのを止めはしない。
人がいいんだなぁなんて頭の片隅で考えた。
「別にアイドルオタだったわけでもなかった。でも、ただ目を惹かれた。……凄く綺麗だった」
歌が、雰囲気が、彼らが。
全てが綺麗に見えた。
私の中の気持ち悪い感情を洗い流してくれるような、そんな気がした。
家族が死んでから、初めて私から関わりたいと思った人たち。
私は汚い水面から目を離して、善逸の帽子に手を伸ばした。
善逸は抵抗しなかった。綺麗な金色の前髪が緩く流れる。
前髪の隙間の同じく金色の瞳を見て、いつの間にか自然と微笑んでいた。
「善逸はずっと綺麗だよ。昔から今も、ずっと」
ぺた、っとその頬に触れてみる。
一瞬びくりと身体を揺らした善逸だったけれど、その瞳が不安そうに私を捉えた。
先ほどと打って変わって表情が恐怖で歪んでいる。
何があったかはしらない、でも。
「…貴方達が綺麗なままでいてくれて、嬉しい」
そう言ってその頭を抱いた。
大人しく私の胸の中で納まった善逸の頭。
泣きたいなら泣けばいいと思う。
私は泣けなかったけど。
でも、きっと。
「きっと涙も綺麗なんだろうね」
泣く事は特別な事じゃない。
悲しいのに涙が出なくても、あくびをすれば幾らでも涙は出る。それが、人間なのだ。
そういうふうに出来ている。
「何もハードル高いことじゃないよ、泣くのって」
そう言ってくすりと笑うと、腕の中で鼻を啜る音が聞こえた。
泣いているの?と尋ねたら「ねえよ」とツンツンした声が返ってきた。
まあ、別にいいけどね。
私たちは暫く抱き合っていた。
抱き合うというか、善逸が抵抗しなかったから離れなかっただけで。
あまり綺麗ではない波の音を聞きながら、そのまま抱き合っていると、
「……やっと俺の名前、ちゃんと呼んだな」
と言いながら善逸が頭を捩った。
言われて私はぽかんとしてしまう。
名前? あれ、私呼んでなかったっけ?と頭を傾けていたら、すぐに善逸が「初日1回呼んだだけだ」と言う。
「そうだっけ」
「そうだよ」
「でも気軽に呼んだらバレちゃうんじゃないの」
「呼んでよ、名前」
思わずぎょっとした。
そのまま善逸を見ると、まるで悪戯っ子のような顔をしていた。
力が緩んだ腕から善逸は抜け出し、そしてもう一度、私の顔を見て言った。
「名前」
あれ、私、善逸に名前言った?
パチパチと瞬きをして口を半開きにした私を、善逸はクスクス笑いながらツンと額を突く。
「一応俺、他人なんだから、公共料金の請求書をその辺に置くんじゃねーよ」
善逸が何故私の名前を知ったのか、謎が解けた。
◇◇◇
帰り道。
行きと同じように善逸と手を繋いだ。
別に私から繋いだわけではない。むしろもう大丈夫だろうと思って、善逸の一歩後ろに居たのに、無理やり私の手を掴んで行ったのだ。
繋がれた手を黙って見つめていると「文句ある?」という不機嫌そうな声が降ってくる。
「…文句はない。これが伊之助の手だったらなぁとは思う」
「は? 最低」
善逸の為に、自分の気持ちを吐露して慰めてやったというのに。
何と酷い言い草だろう。
実際のところ、伊之助の手がいいとかそんなことはないのだけれど。
むしろ。
むしろ、善逸で良かった、なんて。
口が裂けても言えない。
「……もう少し、」
「ん?」
仄かに沸いた感情を慌てて隠すように反応する。
善逸が前を向いたまま、呟く。
「もう少し待って。名前に聞いて欲しい話がある」
声色は少しだけ弾んでいた。
それを聞いて私は安堵した。
「いくらでも待つよ」
私がアンタの近くにいる間ならね。
きっとそれはそんなに遠い未来ではない。
その時が来た時、善逸は家を出るのだろう。
元の生活に。
そうなるべきだと思うし、そのためなら喜んで背中を押す。
折角増えた家族のような存在を、私はちゃんと見送れるのだろうか。
「寂しいなぁ」
また一人になるのは。
小さく呟いたそれを善逸が聞いていたかは分からない。