傷つく理由は、決して自分の為非ず



「…どうしたの」
「……」

真剣な顔で、私の両頬を挟むようにして手が添えられている。
また何かあったのかと、ペンライトをテーブルに置いて私は善逸をじっと見つめた。
ここ最近様子がおかしかったのも、本人的に何か無理しているからなんじゃないだろうかと、色々頭を巡らせる。
あの時の善逸が今にも消えてしまいそうなくらい、儚かったから。
もうあんな善逸は見たくない。傷ついて欲しくない。
さっきまでの私の癒しなんてどうでもいい。
今は善逸の方が気になる。

善逸の頭をそっと撫でると、善逸は驚いたように目を丸くする。
その様子に私も驚いた。

「…伊之助を愛でるんじゃなかったの?」
「別にいつでも愛でれるし。善逸が何か悩んでるなら、そっちの方が問題」
「マジかよ」

はー…と善逸は自分の顔に手を当てて、軽く溜息を吐く。
真剣な顔をしたり、溜息を吐いたり。情緒的に心配だったので「大丈夫?」と聞くと「うん」と簡単に返ってきた.

「俺はね、今自己嫌悪中なんだよ」
「自己嫌悪?」
「俺の横で伊之助見て喜んでるから、困らせようと思っただけ」
「…うん?」

言っている意味はさっぱり分からないが。
首を傾げてもっと簡潔に教えろ、と言ってみるも、善逸は力なく首を横に振るだけ。
…やっぱり何かに悩んでいるみたいだ。
それも深刻に。
私なんかがズカズカと入り込むには、まだ早いのかもしれない。

何とも言えない顔で私が善逸を見ていたら、指の隙間から善逸と目があった。
私の表情を見て気づいたのか、善逸もまた私の頭に手を伸ばして、そっと前髪を攫う。

「お人好しなんだよ、名前は」
「……はあ」

くす、と笑みを浮かべて、善逸はぱっと手を離した。
表情はすでに吹っ切れたように明るかった。

「見ねーの?」
「見ていいの?」
「嫌だけど、俺は心の広い男だからな。もう文句は言わない」
「…あ、そういうこと」

善逸の言葉でやっと意味を理解した。
なあんだ、そういうことか。
そういう事ならもっと早く言ってくれればいいのに。
私は善逸が落としたであろう、リモコンを拾い上げると少し前の場面に戻して再生を押した。
善逸はその様子を不思議そうに見ている。

「自分の場面が見たかったんだったら、言えばいいのに」
「んなわけねぇよ!」

私の気遣いは速攻で善逸によって否定されてしまった。
テレビ画面には善逸のアイドルスマイルで、女子が悲鳴を上げている場面が映っている。
私はテレビと隣の善逸を見比べるように交互に見ると、善逸の顔を見て笑った。


「私、こっちの方が好きだな」


ゴクリ、と善逸の喉が鳴ったような気がした。


◇◇◇


文句は言わないと言った善逸だったけれども、とんでもない大ウソつきだった。
あれからずっと私の隣で「この時の伊之助は実は歌詞を忘れていて、誤魔化していた」だの、
「立ち位置を間違えているくせにそのまま舞台を飛び降りた」だの、伊之助の悪口なのか、それとも親切心で裏事情を教えてくれているのかは分からないけれど、ずーっとグチグチ唱えられ続けた。
かと思えば「実はこの時はファンサするつもりはなかったけれど、声援に応えるためにやった」と、自分の良いところのアピールはバンバン零していく。
最初のうちは「へえ、良い奴だね」と素直に聞いていたけれど、それが毎曲ずっと言われていい加減飽きた。
もう「へえ」としか返事をしていないのに、善逸は饒舌にその後も語っていた。

三時間近く、そうやってやいやい言いながらライブを見て。
気が付けばいつも寝る時間になっていた。
晩御飯の片づけを少しだけやって、私と善逸はそのままいつものように私の部屋へ。
私が先に布団に入り、善逸がその後に入ってくる。
なんかもう慣れたもんだなぁなんて思いつつも、ここ最近のセクハラまがいな事をしていないことに気づいた。

「…え?」

私の腰を引くように触れる手はないものの、代わりに私の手をぎゅっと握っている。
善逸の横顔を見ると、目を細めて私を見ている。
唇は少しだけ不安そうにきゅっと結んでいて、鼻はすん、と小さく鳴いた。


「俺がアイドル辞めたいって言ったら、名前は怒る? 悲しむ?」


一つの布団に入っているから、分かる。
善逸の肩が僅かに震えていることが。
目の前にいるのはまるで小さな子供のようだった。
握っている手が強くて、同じく震えている。


「私は、」


善逸はアイドルをやめたいんだろうか。
だったらどう言ってあげればいいんだろうか。
善逸はどう言えば安心するのだろうか。
私にどう思っていて欲しいのか、手探りで考えてみた。
でも、どれもが私の言葉ではなかった。所詮は綺麗事だった。

だから。


「私は、怒るとか、悲しむとかそんなのない」


元々、別の世界に住むK-styleの善逸なんだから。
私一個人が悲しいとか腹が立つとかそんなこと言えない。

「辞めたいならそうすればいいと思うし、続けたいならそれでいいと思う」

善逸の瞳に影が差す。
酷い事を言っている。それは分かっている。

「私みたいなテレビの前の人間には、精々その程度しか言えない」

一つ一つの言葉がナイフのように尖っているような気がする。
私は、きっと今、善逸を傷つけている。

「わかった」

善逸の口から洩れた言葉は、酷く平坦で無感情だった。

……テレビの前の、いちファンとして、ならね。


「我妻善逸の、同居人である私の意見としては…このまま家事手伝い兼湯たんぽ代わりにずっと居てくれたら、って思う」


善逸が大きく目を見開く。
影の差していた瞳が、驚きで染まる。

この家に私以外の人間がいるのは、それほど心地よかった。
善逸には善逸の生活があるのは十分わかっている。
それを簡単に手放せるほど、もう浅い付き合いではないのだ。
いつかは善逸の生活に、元の生活に戻ると分かっていた、だけど。

「善逸一人が傷つく必要ないから」

いばらの道に放り込むようなそんな酷い事、出来ない。
ねえ、善逸。私、気づいてたよ。


「二人を守るために、一人傷つこうとしてたんでしょ?」


善逸はそれを聞いた途端、私の身体を引いて強くかき抱いた。


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