12. ほんと気持ち悪いなこの人


へらへらとこちらに近付く我妻さん。
私は口をパクパクさせ、その姿を凝視した。

うそ、うそうそうそ。
誰も居ないと思っていたのに!
誰も居ないと思っていたからこそ、弱気な心を吐露していたというのに。

「な、何で!? あ、あが、我妻さん、え!?」

それに歌っていた所を見られてるなんて思ってもみなかったから、段々顔が熱を持つのが分かる。
片手は地面に付いたままだが、もう一方の手はブルブル震えて我妻さんを指さす。
恥ずかしくて穴があったら入りたい!

「そんなに驚かなくてもいいじゃんかー」

口角を上げ、にやりと笑う我妻さん。
右手に木刀を持っている所を見ると、修行の帰りだということわかるんだけども。
腰を抜かしている私に、我妻さんは左手を差し出してくれた。
混乱しつつも自然と私は手を我妻さんに重ねる。

ぐいっと一気に引き上げられ、私はようやく立ち上がる事が出来た。

「お、おお驚きますよ!」

心臓が幾つあっても足りない!
未だにへらへら笑う我妻さんに苛立ちを隠せない。
っていうか、何で我妻さんがここにいるの!?
お屋敷と反対方向のはずなのに。

「なんで、我妻さんがここに…」
「部屋に帰ろうと思ったら、歌声が聞こえてきたからさあ」

お化けかと思ったよ〜と相も変わらずへらへら。
人を幽霊みたいに言うなんてどういう神経をしているんだ、と思ったけれど、私も声を掛けられた時は幽霊かと思ったので黙っておく。
よっこいしょと我妻さんは、私が座っていた岩の横に腰を下ろした。
私もそれを聞いたら何だかどうでも良くなって、同じ岩に腰を下ろす。

「そんなに大きな声でしたか…?」

大音量で歌っていたつもりはないけど。
屋敷の人達にまで聞こえていたら、私は恥ずかしかで死ねる。
恐る恐る我妻さんに尋ねると「大丈夫だと思うよ」と言ってくれた。

「俺、昔から耳だけは良いんだよね」

だから、名前ちゃんがいつもこっそり夜付いてきてるもの知ってたしー。

ニカっと笑いながら呟いた言葉に私は衝撃を隠せない。

え、うそ。
それってつまり…。
ボンっと頭が沸騰する音が聞こえた。

私が夜な夜な、我妻さんの後ろを付いて行っていたのを知ってたの!?
やだやだやだ、私ストーカーみたいじゃないか!
その事実に今頃気付いてしまった。

「そそ、そういうつもりは無かったんです!誤解なんです!」

きっと今頃、私の顔面は湯を沸かしたヤカンのようになっていることだろう。
何が誤解なのか分からないけど、我妻さんに必死で弁明する。
あまりに必死すぎてまるで、浮気現場を目撃された人みたいになっている。

なんとか一通りの弁明が済んだ所で、我妻さんが切り出した。


「どうして一人でこんな所にいたの?」


恥ずかしさは大分落ち着いた。
いや、まあ…まだ恥ずかしいけれども。

何と言っていいのか分からないので「ちょっと」と濁すと我妻さんの目が皿のように細くなる。

「言っとくけど、俺人の気持ちも音で大体わかるから。嘘ついてもわかるんだよね」

じーっと気色悪い目で見つめられ、正直に言わざる負えない空気になる。
っていうか人の気持ちがわかるって何!?
エスパーなのこの人。マジやばい。
我妻さんの特殊能力にただただ驚愕だ。

正直に述べないと許さない雰囲気に、とうとう私は観念した。
はあ、とため息を吐いて、私は正直に口に出す。


「今日、私の誕生日だったんです」

「え?言ってよおおお!?」


何で言ってくれなかったの!!?と迫る我妻さん。
え、ちょっと必死すぎない?
ほんと気持ち悪いなこの人。

心の声に正直でありすぎたのか、我妻さんを見つめる視線が冷たくなった自覚はある。

「え、と…あの」
「あ、ごめんなさいね!! 続けて続けて!」

私の心の声が届いたのか、はっとしたように我妻さんが言う。
早速我妻さんの特殊能力か発揮されたようで、頭の片隅で半信半疑だったのが、少しだけ信じようという気持ちが沸いた。
人の気持ちが分かる、かぁ。
気を取り直して、私も言葉を紡ぐ。

「誕生日は、いつも家族で過ごしてましたから…色々思い出しちゃって」

母特製のケーキに、いつもより少し早めに帰宅する父。
いつもケンカばかりしている弟も、この日は私をぶっきらぼうに祝ってくれる。
少なくとも、昨年まではそうだった。

「ここの人達は皆さんは親元を離れていたり、家族を亡くされている方もいらっしゃいます。
そんな方々に『家族を思い出して寂しい』なんて言えなくて…」

ふと手首に視線を向ける。
忌々しくあるこの手首の痣。

情けない、と思う。
一人で頑張っていくことを決めたのに。
この手首に刻まれた痣、この痣をつけた鬼を見つけるまで、私は帰る事が出来ない。
だから今まで頑張ってきた。
でも、どうしても今日だけはダメだった。

「あー…」

我妻さんがばつが悪そうに頭を掻きながら言う。

「俺さ、孤児だから親とか家族とかって、あんまりわかんないけど、皆が強いわけじゃないと思うよ?」
「え?」
「だってあいつ等だって、偶に夜ぐずぐず泣いてる時だってあるし、藤乃さんも稀に寂しい音がするし」

あいつ等とはお弟子さん達だろうか。
何となく気を遣ってなのか、我妻さんが私の方を見ないで呟いた。
黙って我妻さんの言葉に耳を傾ける。

「そりゃあ、俺は名前ちゃんの事情は知らないからさ。適当に言ってるかもしんないけど、皆が皆、気にしていないわけではないんだよ」

だから、名前ちゃんが家族を思って泣く事も、当たり前の事なんじゃないかな。

やっぱり我妻さんは私の方を見ないで、柔らかい笑みを浮かべる。


「まだ泣いてないです、ってばぁ…」


とか言いつつ、いつの間にか私の目からは大粒の涙が零れていた。
会いたい会いたい。あの暖かい家族に。
我慢なんてできるはずがない。
誰の前でも泣くつもりなんて、なかったのに。
ぽかぽかと我妻さんの背中を叩きながら、小さく嗚咽を漏らした。

そんな私に我妻さんは何も言わず、ハンカチを差し出してくれた。
そのまま私が泣き止むまでそっと頭を撫でてくれる。

我妻さんってさあ、
女の子にいつもそういう態度をしていればモテると思うんだけどな。
ムカつくから口には出さないけどね。



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