14. 死なないで
我妻さんと少しだけ仲良くなった。
とはいえ、いつもグズグズしている我妻さんの背中を叩くくらいしかしていないけれども。
そんな毎日を過ごしていたら、いつの間にかこの時代に来て結構な時間が経っていることに気づいた。
お弟子さんの中には自分に才能を見出せず、旦那様の元を去る人も出てきて。
現在のところ、旦那様の元に残っているのは結局獪岳と我妻さんだけになってしまった。
それはとても寂しい事だけど、仕方がないなとも思う。
お弟子さんが二人になってしまった事で、藤乃さんと私のお仕事も格段に減ってしまい、
暇な時間は私も旦那様のご指導を観察するようになった。
「羊羹を頂いたんですよ。皆様に持って行って下さいますか?」
羊羹に刃を入れながら、藤乃さんが微笑む。
今日のおやつは羊羹らしい。近所の人からの貰い物だと藤乃さんが言っていた。
最近は暇さえあればずっと私は外に出ているので、喜んで務めまさせていただきます。
お盆に切り分けた羊羹を乗せて、ゴミが入らないように上から傘を被せる。
傘を被せる前にちらっと確認したら、私の分まで羊羹を切り分けて頂いてるようだ。
私も向こうで食べようっと。
獪岳の事は嫌いだけど、旦那様の前では獪岳も酷い対応をしないし。
私なんかよりも奴は我妻さんに対して不機嫌MAXだし。
「善逸さんが喜びますね」
「そうですね、羊羹とか好きそうですし」
「……そういう意味ではなかったんですけどね」
笑った顔のまま首を傾げて「うーん」という藤乃さん。
意味がわからなくて同じように首を傾げて「うん?」と言ってみたけど、藤乃さんは教えてくれなかった。
まあ、いいや。
きっと我妻さんはおやつの時間を今か今かと待っているはずだ。
相変わらず鍛錬の時は号泣も号泣で、非常に情けないけれど。
鍛錬の成果があるようで、体格も以前よりガッチリしてきた。
その事を本人に言っても「んなわけないでしょ。嫌味?それ嫌味?」とウジウジしてしまうので、もう言わない事にした。
夜中に頑張って練習しているんだから、もっと自信を持てばいいのに。
少なくとも彼の努力の賜物だと私は知っている。
旦那様は我妻さんに対して特に厳しい。
凄く辛い鍛錬を強いられている我妻さんが、昼間逃げ出すにはわかるけど、本人に才能があるから、旦那様は厳しく指導しているんだよね。
残念ながら我妻さんにはまだその事に気づいていない。
自分で気付けたらもっと成長していくはずだ。
「では、行ってきますね」
「お願いします」
玄関で草履を履きながら、藤乃さんに軽く手を振る。
もう片方の手には羊羹の入った籠を下げて。
藤乃さんもにこにこ微笑んで応えてくれる。
今日の天気は晴れ、のはずだったけど。
玄関の戸を閉めた時に空を確認すると、黒い雲がうようよしている。
雨でも降るのだろうか。
一応洗濯物はお昼で乾いて室内へ運んだから大丈夫なんだけどね。
我妻さん達の鍛錬が終わるまで持てばいいけれど。
雨の中鍛錬すると寒いだろうし。
我妻さんだったらすぐ風邪引いちゃいそうだから。
………なんだか私、最近我妻さんの事ばっかり考えている気がする。
イケナイ傾向だ。
あの女好きに構っていたら懐かれてしまう(もう遅いかも)。
でも懐かれても悪い気がしない辺り、我妻さんとの距離がまた近づいているような。
我妻さんを見てると、こう…世話しないと死んでしまう小動物のような気になってしまうんだよね。
現代に残してきた弟とは全然タイプが違うけど、まるで弟みたい。
雑木林に足を踏み入れてすぐ、絶叫に近いような声が聞こえ、私は息を吐いた。
「爺ちゃんに隠れて修行もしてんだよ!! 全然寝てないの、俺!!」
あれは紛れもない我妻さんの声だ。はっきりわかる。
きっといつものように木の上で泣きべそをかいているんだろう。
声色が震えているから、そう思った。
それにしてもここまで声が聞こえるなんて、どれだけ大声て泣き叫んでいるんだ。
我妻さんの顔を脳裏に浮かべながら、ふと思う。
我妻さんが修業してるのはわかってるよ、寝てないのも知ってる。
人より頑張ってるし、努力家だよ。
私はそういう我妻さんを知ってるのにね。
「なのに全然、結果が出ないわけ!!」
そんなの嘘だよ、出てるよ。
我妻さんが私の手を握る度に感じるよ。
豆がつぶれて硬くなってる。
以前よりも体格も良くなってる。
呼吸の動きも前とは比べ物にならないくらい全然違う。
我妻さんの言葉を心の中で否定しながら、林の中を進んでいく。
「どういうこと!? もう一体、どういうこと!?」
まるで幼い子供のように喚く我妻さん。
違うんだよ、我妻さん。
我妻さんが知らないだけ。旦那様も私も分かってる。
そんなに気負う必要はないのにな。
「落ち着け!! 善逸、お前には才能が……」
我妻さんの声を頼りに歩けば、良く知る大きな木が見えた。
木の上で号泣している我妻さんと、下で大声を張り上げている旦那様の姿も見えた。
獪岳の姿は見えないけど。
二人の姿を確認して声を掛けようとした、その時。
目の前が一瞬で光に包まれる。
我妻さんの登った木に光が纏った瞬間、遅れてドオンという音が辺りに響いた。
眩しさで思わず瞼を閉じて顔を逸らした。
聞いたことのないような爆音が間近で聞こえ、耳もジンジンする。
「善逸!!」
光が消え、私の視界が落ち着く前に旦那さまの声が耳に入った。
ぼんやりとする視界の中、木の上に目をやると上から我妻さんがボロボロになって落ちてくる最中だった。
「あがつま、さん!!」
まるでスローモーションのように落ちていく我妻さん。
身体から湯気なのか煙なのか知らないが身に纏った状態で、頭を下にして落ちてくる。
羊羹の入った籠を投げ捨てて、自然と我妻さんに向かって駆けだしていた。
いや、いや、いや
ダメだよ我妻さん、
死なないで。