17. 俺もそうだよ


1番最後の記憶は、木の上で泣き叫んでたそれだった。
視界の片隅に黒い雲が、空を泳いでるのは知ってた。
けど辛い修行が続く中、どうにもならなくなって逃げ出したくなって、木の上に逃げ込んだ。
すぐにじいちゃんに見つかって、俺を降ろそうと何やかんや言ってたのも覚えてる。
自分の秘めていた思いを吐き出して、それで楽になれればよかったのに。
全然気持ちは収まってくれなくて。

結局、そこからプッツリと視界が暗くなって、気がついた時にはふわふわした夢の中だった。
夢の中の俺は誰よりも強くて、皆を守れていて。
じいちゃんにも褒められて、名前ちゃんにも応援してもらえて。
なんとも居心地のいい夢だった。

夢だとわかっている。
でも居心地のいいそれに俺はどっぷり浸かっていた。
ずっとここにいたい。
だって今まで全部上手くいかなかった。
自分の信じたいものを信じたら、全部裏切られて。
じいちゃんに助けて貰ったけど、じいちゃんの期待には応えれなくて。
1人で夜中に頑張ってみたりもしたけど、実力がついている実感なんて全然ないし。

このまま夢の中にいたっていいんじゃないかって思う。

このままだと俺、死ぬのかな。

死ぬことは怖いし、情けないけど痛いのやだし。
でも、ずっと居心地のいい夢を見てられるなら…俺は、


「あがつまさん」


声がした。
ふわふわな夢の中には不愛想な必死な声。

「嫌、我妻さん!」

夢の中の視界が揺れる。
声が段々大きくなるにつれて、ぽろぽろと破片のように夢の背景が崩れていく。

名前ちゃん?

声の主は名前ちゃんだ。
普段はわりとサッパリしてて、俺に対しては少し冷たかった彼女だ。
最近は少し仲良くなってきたと思うけど。

そんな彼女が、俺の名前を必死に呼んでいる。
声が震えている、泣いているようなそんな声だった。

いつの間にか、暖かくて居心地のよかった空間は暗闇へと暗転していた。
それでも悪い気はしない。

一筋、遠い所で光が見える。

導かれるように光に向かって歩く俺。
さっきまでは居心地良さで頭が一杯だったけど、彼女の声色が気になってしまう。

名前ちゃんの"音"は正直、普通の人とは違う。
ある程度の感情は雰囲気で読み取れるけど、本当に何を考えているのか、理解するには時間が必要だ。
他の人はそんなことはないんだけどなー。
多分、生まれ育った環境が影響してるのかもしんないけど、例外が彼女だけなので確証はない。

さらにここでは彼女の"音"が聞こえない。
声色で判断するしかない。


また泣いてんのかな。


ふとあの夜を思い出す。
家族が恋しいと泣き続けた彼女。
普段の姿から想像できないくらい、感情的に泣いていた。

名前ちゃんには泣いて欲しくない、と思う。
笑った顔を見せて欲しい。

俺もよく泣くから人の事言えないけどさ、女の子が泣くのは胸が痛くなる。

もしまた名前ちゃんが泣いてたら、俺が慰めてあげよう。


ヘタレな俺だけど俺だって出来ることはあるって、最近知った。


いつの間にか、視界は光で一埋め尽くされていた。
居心地のいい夢は名残惜しいけど、泣いてる女の子はほっとけないんだよ。


◇◇◇


「名前ちゃん……?」


唇に凄まじい違和感を感じて瞼を開けると、そこは見慣れた天井だった。
あぁ、俺の部屋か。
視界がまだ揺れている、落ち着くまでゆっくりと辺りを見回し、ふと横を見たら、名前ちゃんが立ち上がろうとしているところだった。
考えるよりも先に手が伸びていた。

俺に気付いた名前ちゃんの顔がかなり驚いていた。
けど、直ぐに座り直して俺の手をぎゅうって包み込んでくれる。
驚いた顔から、柔らかい笑顔になって、

「あがつま、さん」

優しく俺の名前を呼んでくれた。
そして目尻に今にも零れ落ちそうな雫があるのを見つけて、俺も泣きそうになってきた。

「名前ちゃん、俺、生きてる……?」

握られた手があたたかい。
情けない声が出たけど、確証がない。
名前ちゃんが手を握って横に居てくれるなんて、夢かもじゃん。

「……残念ながら。まだ死ねませんよ」

名前ちゃんは、震える声でそう呟く。
俺はその言葉を聞いて物凄く安心した。


それから名前ちゃんは、


「我妻さん、私貴方にずっと会いたかったんです」


と言って俺の涙を拭ってくれた。

よく意味はわかんないけど、俺もそうだよ。



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