18. 似合ってる?


「えええぇぇぇぇ!! 何これ嘘でしょ!? 髪っ、頭! 色変わってるんだけど!? 名前ちゃん!!」

まあ、そうですね、としか言いようがない。
案の定、物凄い形相で叫び始める我妻さん。

何気なく、我妻さんが自分の髪に触れた時、何かしらの違和感を感じてソワソワしていた。
当たり前だけどいつまでも黙っている訳にはいかないので、私は無言で自分の手鏡をお貸しした。
その結果、冒頭の叫び声に繋がる。

誰だって目が覚めたら髪の色が金髪になってたら、吃驚するよ。
それに関しては全力で同情する。
漫画の世界か!って突っ込みたくなるよね。

「こ、これ、戻る? ねえ、元に戻る?」
「……うーん、多分無理そう」

心配そうに手鏡を見つめる我妻さん。
ポロポロ泣き始める姿を尻目に、私はぴしゃりと言い放つ。

恐らく無理だと思う。
そもそも雷に当たって金髪になった人なんて、私が生きてきて初めて見かけたし、現代のように髪を染めるものもあるのかどうか分からない。
それに夢の中の我妻さんは鬼殺隊員だったけど金髪だったし(本当になれるか知らないけど)。

「もっかい! もう一回、雷に打たれてくるよおぉぉぉ!」

おいおい泣きながら、布団を抜け出そうとする。
四つん這いの恰好になった瞬間、全身に痛みが走ったようで、そのまま固まってしまった。
あぁ、馬鹿かな、この人。

「心臓が止まったんですよ!? 無理に動かさないで下さい。あともう一回雷に当たっても、もう助けないですからね!」
「え? 名前ちゃんが俺を助けてくれたの?」

私の放った一言で、ギュルンと私の方へ振り向く我妻さん。

あ、しまった。
別に言わなくてもいい事を言ってしまった。
自分で口に出しておいて、その時の光景がふと頭に浮かぶ。
私が言葉に詰まったのを見て、我妻さんの目が丸くなる。

馬鹿なのは私もだ。
きっと今頃顔が真っ赤になっているに違いない。

「…何で赤くなるの?」

ねえ、なんで?ねえ、ねえったら、おーしーえーてーよー。
四つん這いで動けない癖に、口先だけは元気に達者な我妻さん。
あーうざい。

「あ、私旦那様をお呼びしないと…!」
「ねえ、そんな分かりやすく逃げないでいいからさあ!教えてくれたっていいじゃん!」

苦しい逃げの言い訳を考えたけど、我妻さんにはお見通しらしい。
ぶー垂れながらゆっくり布団へと戻っていく我妻さんの姿に、思わず私はくすりと笑ってしまった。

「でも、旦那様も藤乃さんも心配されていたんですよ。お呼びしたら、喜んで飛んでくると思いますよ」
「……心配はかけたと思うけどさぁ」

頭まですっぽり布団に被られてしまった。
さながら子供のようである。

旦那様に怒られるのを気にして布団に潜り込む姿は、叱られそうになって隠れる子供と同じだ。
ほんと、情けなすぎて涙が出そうになる。
それでも、普段と変わらない姿に安堵しているのも確か。

「では、私は本当に旦那様を呼んできますね」

これだけ騒げるならきっともう何の心配いらないだろう。
よっこいしょと座布団から立ち上がり、障子へ向かう。
布団に隠れて顔を出してくれない我妻さんを一瞬見て、私は障子に手を掛けた。


「助けてくれて、ありがとう。名前ちゃん」


言うの忘れてたから。と布団からくぐもった声が聞こえた。
障子の手がピタ、と止まり、心が温かくなるのを感じた。
私はまた泣き出しそうなのを堪えて「どういたしまして」と答える。

「あとさ」
「はい」


「この髪、似合ってる?」


我妻さんらしい心配そうな声色だった。
はあ、と小さくため息を吐いて、振り返った。


「ええ、とっても」


彼には安心してほしくて。心の底からはっきりと言う。
その髪色の方が好きです、とはこっ恥ずかしくてまだ言えなかった。

布団から半分顔を出した我妻さんは、ほっとしたような顔つきだった。



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