19. 残るよ


我妻さんが雷を打たれてしばらくだった頃、獪岳がこの屋敷を出ていった。
こちらとしては願ったり叶ったりだったが、最終選別という、鬼殺隊に入るための試験だという。
何をするのか知らないけど、旦那様や藤乃さんの様子からだと、決して簡単なものではない様子だった。
彼のことは凄く嫌い(シンプルに嫌い)だけど、命を大切にしてほしいとは思う。
同じ屋敷で過ごした間、いい記憶なんてないけどね。

「大分、減っちゃいましたね」

お弟子さんが我妻さんだけとなり、藤乃さんと私の仕事も本当に簡単なものになった。
午前中に粗方の家事を終わらせてしまったので、私たちは縁側でゆっくりお饅頭を頂く。
昼間の心地いい日が当たり、物凄く眠たくなる。

「そうですねぇ…今年は獪岳さんですから、来年は善逸さんかもしれませんね」

すっと私にお茶を入れてくれる藤乃さん。
有難くそれを受け取りながら、私は藤乃さんの言葉の意味を考えていた。

あぁ、そっか。
我妻さんもここを出ていくのか。

この間の怪我から復帰した我妻さんは、思うところがあったのか、少しだけ修業から逃げなくなった(少しだけ…)。
旦那様もより厳しくご指導されるようになり、暇な時に見に行っていた私も、傍にいることを許されないくらい危険なようだ。
私にしてみれば、あんな大怪我をしておいて、ものの1週間で復活するなんてどんな身体構造しているのかと目を丸くするばかりである。
我妻さんや旦那様みたいな人を、世間一般の人と比べてはいけないんだろうけど。

我妻さんは獪岳と同じようにここを出る日がやってくる。
それは夢の中の我妻さんが日輪刀を持っていた事から、有り得る話だ。
あの夢がどこまで本当に起こるのか分からないけれど(だって、あの夢の最後は私は死にそうだし)。

我妻さんが出ていってしまう。

ズキンと胸が微かに痛む。
心の中に黒いモヤが一瞬広がった気がした。


「静かになっていいんじゃないですか? 前みたいに」


胸の痛みを無かった事にして、ぶっきらぼうに藤乃さんに言った。

「あら、名前さんは寂しくないのですか?」

藤乃さんが悪戯っ子のように微笑む。
最近分かってきたけど、藤乃さんて我妻さんの話になると、茶化すように絡んでくるんだよね。
なるべくその気に乗らないよう、感情を見せないように。

「むしろ清々するかも。あんなにうるさい人」

唇を尖らせて言うと、少しだけ寂しそうな顔をする藤乃さんが見えた。


「名前さんは、」
「はい?」


遠い目をした藤乃さん。
何かを言おうとして、途中で止めてしまった。
1度唇を閉じたけど、再度開かれて、その目は私をじっと見つめていた。


「名前さんは、善逸さんがいないこのお屋敷に残るのですか?」


「ブフォッ」


飲み込もうとしていたお茶が、変なところに入った。
まるでマーライオンように口から吹き出るお茶。
吃驚しすぎて変なリアクション取っちゃった。

「ど、どどういう意味ですか、藤乃さん!」

ゴシゴシとハンカチで口元を拭いながら、藤乃さんに訴える。
まるで私が我妻さんのいない屋敷に用はないと言わんばかりではないか。

「いえ、思っただけですよ」

何事も無かったように、お饅頭を手に取る藤乃さん。
そんな藤乃さんに首を傾げながら、胸のモヤに気付かないフリをした。


◇◇◇


自室に戻ってから、昼間に藤乃さんに言われた事が頭から離れない。

『名前さんは、善逸さんがいないこのお屋敷に残るのですか? 』

残るよ。
だって、私の場所はここしかないのだから。
この時代に来て、ここ以外知らないから。
帰れないんだもの。そうするしかない。

ふと、壁に掛けてある私の通学カバンに目をやる。

夢の中の人が我妻さんだとはわかったけど、それ以外進展ないし。
夢が現実になるとも限らない。
帰る方法もない。
詰んでるんじゃないの、私。

深いため息が漏れた。


もし、もしそれが許されるなら、

我妻さんに付いて行ったら、どうなるんだろうか。



そんなこと無理だと分かっている。

彼は鬼を狩る人になる、何も出来ない私は邪魔でしかない。

ズキンズキンと胸の痛みは消える事がない。
考えが纏まらなくて、私は考える事を放棄して寝る事にした。



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