21. 諦めてますから
「落ち着きましたか?」
「うん、ありがとう名前ちゃん」
あんなに零れていた涙も落ち着いたようだ。
そっと我妻さんの身体から離れ、まだ頬に残った雫をそっと拭い、乱れてた髪を戻してあげた。
それを擽ったそうに見つめる我妻さん。
獪岳が最終選別へと向かったタイミングで、彼が今まで溜めていた思いが噴出したのだろうと思う。
旦那様は我妻さんを鼓舞するために声を掛けていただけだろうし。
我妻さんもそこはわかっていると思う。
この人は自分を追い詰めすぎなんだよね。
「我妻さんは鬼殺隊になりますよ」
私、知ってるんです。
少しだけ腫れてる目を見つめながら言った。
「…もう覚えてないくらい昔から、我妻さんの背中を見てきたんですよ、私」
我妻さんが何を言っているんだというような顔をしている。
当たり前だと思う。私が見た夢の話だから。
我妻さんのいい所はこんなバカみたいな人の話を真面目に聞く所だなぁ、なんて考えながら言葉を繋ぐ。
「私が住んでいた時代は、もう誰も刀を持ってなくて、鬼もいない。ここより、100年以上先の未来なんです」
突拍子も無いことを言っていると思う。
信じてくれるかわからないけど、我妻さんになら話してもいいと思う。
だってこの人が起点なんだし、さ。
我妻さんの目が大きく見開かれる。
「え待って待って、どういうこと…?」
「私はこの時代の人間ではありません。鬼の血鬼術によってここにやってきました」
頭にある私の手を左手で掴みながら、眉間に皺を寄せる我妻さん。
私はなるべく冷静に、淡々と事実を述べる。
訳が分からないよね。
「旦那様に拾ってもらえたので、私は今まで生きてこれました。でなきゃただの15の小娘が無装備で生きて行けません」
信じてもらえないかもしれませんが。
そう付け足して言うと我妻は少しだけ考えて「信じるよ」と零した。
「名前ちゃんは、俺に嘘を言わないから」
◇◇◇
それから、私は我妻さんにここまでの事を全て話した。
夢の中で我妻さんが出てきたことも。
私を連れてきたとされる鬼の手がかりは、ほぼない事も。
相槌を打ちながら、我妻さんは最後まで聞いてくれた。
途中で納得した様な顔をしたときもあって、我妻さんなりに何かに気づいてたのかもしれない。
「俺が、何で名前ちゃんの夢に出てくるの?」
「それはこっちのセリフなんですが」
「うーん…」
難しい顔をして、腕を組む我妻さん。
散々考えましたよ、わたしも。
何でこんな泣き虫で頼んなくて、女好きで頭金髪の人がって。
声には出さないけど、我妻さんの"耳"には聞こえていたらしい。
少しむうっと膨れて「何を考えたの名前ちゃん」と言われてしまった。
別に事実ですけど?
「でも、今日明日で結論が出る話ではないので。それに私は帰ることを殆ど諦めてますから」
ははは、乾いた声が漏れた。
諦めるには十分すぎる時間が過ぎたのだ。
それを聞いた我妻さんが苦しそうな顔をした。
言いたいことはわかる。
我妻さんが自分の実力に悩んでいたように、私もこの状況に悩み続けていた。
「まぁ! 何が言いたいかと言うと、夢の中の我妻さんが鬼殺隊だったので、我妻さんは立派な鬼殺隊になれますって事なんです」
空気を変えようと少し明るい声を出してぽん、と我妻さんの背中を軽く叩く。
真実かどうかは知りませんけどね?
そこは我妻さんの頑張りにかかってるんですよ。
「鬼殺隊になって、私を守ってくれる剣士さんになってください」
言ってて気づいたけど、これなんかプロポーズっぽくない?