23. 起きろ


この時代にきてから長い月日が流れた。
あっという間に、我妻さんの最終選別の日が近付いていた。
最近になってやっと我妻さんの顔を直視しても、心が落ち着くようになった。
季節がいくつも流れ、このままこの時代で生き続けるんじゃないかって、考えてしまう程にここに自分の居場所を見出していた。

その晩もいつものように眠りについた。

気が付いたら、竹林に立っていた。
何度も見た光景だ。一瞬でこれが夢の中だと理解した。
夜で真っ暗の中、月明かりだけが私を照らしている。
いつもと同じ、場所。

だけど、1つ違う光景がその場に広がっていた。
我妻さんがいない。
その代わり、私と対面するように立つ、1人の男性が見える。
あの人、誰だろ?

こちらが首を傾げている様子を感じ取ったのか、男性が動いた。
ゆっくり顔を上げて私に焦点を合わせる目。

「…っ…!」

男性の目は赤かった。
とても人間の瞳とは思えない。
現代ならそういうカラコンはあるけど、この時代には存在しない。
異様な風貌に思わず後退りしてしまう私。

よく見ると男性の纏う雰囲気は、身体全体から近づく事を拒否する程、危険なオーラを放っていて。
瞬間で身の危険を感じた。


「やっと、会えたなぁ?」


男性がニヤリと笑いながら、口を開いた。
聞いたことも無い声。
心臓がバクバクと音を立てて騒ぎ始める。
ここにいてはダメだ。この人、怖い。

1歩、男性が私に近づく。
可能な限り、私も後ろへ下がる。

「つれねぇなぁ? 定期的に会いに来てやってたのによぉ」

へらへらと笑う男性。
こんな人全然知らない。
定期的にってどういう事?

「だ、だれ…」

自分が助かる方法を脳内で探りながら、絞り出すように言った。
時間を稼ぎたい。どうすればこの人から逃げれるか。

「無理だぜぇ。ここは俺とお前しかいないからな。……まあ、今までもそうして来たつもりだったが、とんだハエが邪魔してたからな」

私の心の声がわかるの?
チッと舌打ちをしながら、男性は言う。
今までも?私はこの人に会うの初めてだよね?

「折角苦労してこっちに呼んだってのに、夢でさえも邪魔されていい加減イライラしてんだ」

すっと男性が右腕を見せる。
その手首にある痣を見て私は凍りついた。
反射的に自分の手首に手を当ててしまう。

同じ、痣?
自分の右手にある鬼によって付けられた痣。
全く相違ないものが相手の男にもある。
ということは、あの人が、鬼?

私は旦那様のお陰で今まで鬼を目に入れずに過ごしてこれた。
屋敷には藤の花が植えてあって、周囲にも鬼は寄ってこないと聞かされていた。
だから、鬼がどういう風貌をしているのか知らない。
けど、直感でこの人が鬼なんだろうと思う。

背中に冷たい汗が流れる。
この人が、私をこの時代に連れてきた、鬼。

「別時代の女は美味いからなぁ。味が全然違うんだ。食ってるもんが違うんだろ?」

男性のその言葉で、私は食べられる為ににここに呼ばれたんだということが分かる。
鬼が人を食べるって、本当だったんだ…。
現実味のない話を聞かされているというのに、私はどこか冷静で、でも指先まで冷え切っている。

「来ないで」

武器になりそうなものはないか、周囲を見渡しても何も無い。
どん、と背中に竹が当たる。
これ以上後にも下がれない。

「…チッ、またハエが邪魔してやがるな」

何かに気づいたように鬼が顔を背けた。
さっきまで余裕たっぷりにへらへらしていた鬼は、眉間に皺を寄せて舌打ちをした。
どう意味だろう、と考えている間にふわっと金色の何かで視界が染まった。

「……あ、」

見慣れた金色の羽織り。
三角の鱗模様のそれに、ここまで安心したことは無い。
顔を上げたら、いつもの金色の髪も目に入った。

何も言わないで、我妻さんは私を背にして立っていた。
固く目を瞑り、腰の日輪刀に手を掛けている。

「…起きろ」

初めて、夢の中の我妻さんが口を開いた。



「早く、起きろ!」





その言葉を最後に、私ははっと目を覚ましたのだった。


目を開けたそこには、心配そうな顔をした藤乃さんがいて私の頬に手を当てていた。

「名前さん、起きました?」
「ふ、じのさん?」
「全然起きてこないので、起こしに来たら凄く魘されているようでしたので…」

そう言いながら、藤乃さんはハンカチを渡してくれた。
むくりと布団から起き上がり、周囲を見る。
自分の部屋だ。

「大丈夫ですか?」
「…藤乃さん、私、鬼に食われる…」

そう言って、私は目の前の藤乃さんに抱きついた。
藤乃さんは少し驚いていたけど、黙って受け入れてくれた。



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