24. 大切な家族なのだから


暫く藤乃さんの身体に抱き着いたまま、私は震えていた。
とんとん、と優しく藤乃さんが背中を叩いてくれる。それがとても安心できた。
それにしてもあの夢は人生の内で間違いなく一番怖い体験だった。
何をされた訳でもないけど、あのままだったら確実にあの鬼に食われていた。
夢だと分かっているのに。

「旦那様のところへ、行きましょうか」

とっくに朝餉の時間を過ぎていた。
恐らく用意もままならない状態で、私の部屋まで呼びに来てくれたのだろう。
本当に藤乃さんには感謝しかない。
何かを察してくれた藤乃さんは、私に着替えるように言い、自分もこの部屋を出ていく。

「ここにいますからね」

まるで幼子を相手にするように、襖の前にいてくれるようだ。
正直な所、初めて鬼と対面してまだ膝がガクガクの私には凄く助かる。
結局いつもよりも時間をかけて着替えることとなった。


「お待たせしました」

着替え終わって襖を開けると、廊下には険しい顔をした藤乃さんがいた。
が、私を見て安心させるように、すぐににこっと微笑んでくれた。

私と藤乃さんはその足で旦那様の元へと歩く。
その間も藤乃さんは私の手をぎゅっと握ってくれていた。
旦那様はきっと朝の鍛錬を中断して、朝餉のために屋敷へと戻ってきている筈だ。


「旦那様、今、よろしいですか?」

旦那様の部屋の前で、藤乃さんが声を掛ける。
案の定、旦那様は部屋にいたらしい。「良い」と声が聞こえて、藤乃さんが中へと入る。
私も藤乃さんに続いた。
まるで、初めてこの時代に来た日みたいだな、なんて頭の隅で考える余裕くらいは出来ていた。

旦那様の部屋に我妻さんがいるかと思ったけど、いなかった。
となると、きっと自分の部屋にいるんだろうね。
ほんの少し、傍に居て欲しかったな、なんて思ってしまう。
それだけ私が不安になっている証拠なのだろう。

中に入って早々、藤乃さんが旦那様に朝餉の準備が出来ていない事を詫び、次に私が口を開いた。


「旦那様、ご相談したい事があります」


旦那様はこくりと頷いた。
眉を潜ませた険しい表情は、すべてを理解しているようだった。


◇◇◇


幼い頃から見ていた夢の事、今日の夢の事、鬼に会った事。
全てを話し終えると、旦那様は深く眉間に皺を寄せ「とうとう動き出したか」と呟いた。

「今朝、一本の藤の花が枯れておった。一本くらい枯れた所で大したことはないが、枯れないように細工をしていたものが枯れたのだ。鬼の仕業だろう」

「ということは、鬼は私を食べるつもりで…」

旦那様の言葉に全身が震えた。
この屋敷に居なかったら、私は今日死んでいた。いや、もっと早い段階で命を失っていただろう。
それを理解して体の芯から恐怖が蘇ってくる。

「食す人間に拘りがある鬼は多い。特に女子は子を産むため、栄養価が高いとされている。まして別時代の女子なら、鬼の好みに当てはまると言えるだろう」

右手にぎりぎりと拳を作って、旦那様が言う。

旦那様の話が本当ならば、私は鬼にとってのご馳走だったんだ。
確か夢の中で似たような事を鬼が言ってたような気がする。
恐怖であまりよくは覚えていないけれど。

「私はこの屋敷を出ると、死ぬのですか?」

旦那様の話が、本当ならば。
つまりは私はここから出ることが出来ないということ。
逆に言えば藤の花があるここなら、ずっと安全に暮らしていけるかもしれない。
ふと思った安易な考えに旦那様が首を振る。

「今、鴉に言伝を頼んでおる。鬼殺隊が派遣されてくるだろう。鬼が討伐されれば、外も安全になる」
「そう、ですか」

旦那様の言葉にほっと胸を撫で下ろした。
鬼殺隊が来ればもう安心だろう、きっと近いうちに鬼が討伐されれば、私の不安も解消される。
けれど、藤の花が枯らされた実績がある以上、絶対安全というわけではないかもしれない。
簡単に枯れるようなものではないはずだ、難なくやってのけるくらい鬼の力が強いのだろう。

私の考えている事が分かったのか、旦那様も難しい顔をしている。

鬼を倒すまで、私の身は保証されない。
そんな私がここにいる事で、どうなるんだろう?
私だけじゃなくて、旦那様や藤乃さんが危険な目に合うかもしれない。

そんな事になったら、私はこの時代にきて、この屋敷に来た事を後悔するだろう。
大切な人達と過ごした時間を、一生の傷として胸に刻むだろう。

それだけは嫌だ。

二人は私の大切な“家族”なのだから。

危険な事は分かっている。
でも、それでも。


私は覚悟を決めて旦那様に向きおなった。


「旦那様、もう一つ相談させて頂いてもよろしいでしょうか」


手放しで賛成はしてもらえない。
きっといつもの我妻さんのように怒られるかもしれないけど。


◇◇◇


旦那様の部屋を出たのは昼過ぎだった。
大慌てで私と藤乃さんはお昼の準備をするため、炊事場へと急ぐ。
ちらっと居間の横目に見たら、お腹を空かせた我妻さんが伸びていた。

ぶちぶち小言を言ってたみたい。
こっちはそれどころじゃなかったんだからね!

あーあ、夢の中の我妻さんはかっこよかったのに。
それこそ、ヒーローみたいで。

何てことを考えながら、私は手を動かしていた。

我妻さんの最終選別まで、あと一週間と迫っていた。



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