25. しません


「死ぬ死ぬぅぅぅ!! 絶対、俺、死ぬって!! 俺は最終選別で終わりだよおおお」


あっと言う間に明日に最終選別を控え、我妻さんの精神状態もどんどん悪化している。
昼間だろうと夜中だろうとやたら「死ぬぅぅぅ」と叫んで旦那様に殴られていた。
私は最終選別で何が行われているのか、全く知らないけど、旦那様の今まで育てたお弟子さんも帰らなかった人がいると聞いている。
死ぬこともある、って事だよね?

……大丈夫だよね?

道場で最後のトレーニング中の旦那様と我妻さんを見つめながら、私は壁を背に立っていた。
もしかしたら、この光景を見るのも最後になるかもしれない。
こうして四人で過ごす時間は、とても貴重だったなあって思ってしまうのも
明日から我妻さんがいなくなるから。
数日で終わるって聞いてるけど、帰ってこなかったら……。
もし、あの夢は本当に私のただの夢で、我妻さんが最終選別で生き残れなかったら。

暗い事を考えていたら、修行中の我妻さんと目が合った。

この前、我妻さんに鬼に会った事を話した。
顔が真っ青になって、やたら大丈夫なのかと聞いてきたけど。
「我妻さんに助けて貰ったんですよ」というと納得いかない顔をして「うん」と頷いていた。
それから修行の間も、終わった後もなるべく近くにいるように言われた。
「下心なんてないからね!!」って顔真っ赤にして言ってたから、説得力全くないけどさ。
我妻さんなりに私を心配してくれている事が分かって、私は少し嬉しくなった。

この優しくて泣き虫な人が、無事に帰ってきてほしい。

私も旦那様も我妻さんの実力を知っている。
絶対、帰ってくる。


「今日はウナギにしましょうね」


声のする方へ顔をやると、珍しく藤乃さんが来ていた。
ウナギは我妻さんの大好物だ。
私は「ええ」と答えて、我妻さんに微笑んだ。


◇◇◇


ウナギを食べ終えた頃。
我妻さんがいつぞやのように炊事場へ来た。
来るだろうと思っていたから、さっさと自分の仕事を終わらせていた。

藤乃さんに「すみません」と言って抜けると、返事をする代わりに優しく微笑んでくれた。


もうあの池には行けない。
あそこは私と我妻さんの秘密の場所だったけど、あそこは屋敷の外だから。
いつ鬼が私を襲ってくるかわからない。
おかげで昼だろうと寄るだろうと、簡単に出る事は出来なくなってしまった。

居間の縁側で、藤の花を眺めながら我妻さんの横に座った。
こういう穏やかな時間も無くなるのかもしれない。
何だか感傷に浸ってしまう。これも我妻さんがやたら死ぬー!とか言うからだ。

「名前ちゃん、俺と結婚してくれ」
「しませんよ」

そんなしんみりしていた空気の中、我妻さんが秒でプロポーズをしてくる。
ねえ、馬鹿?この人馬鹿なの?
さっきまでの私の心情、どうしてくれるの?

はあ、と軽いため息を吐くと隣にショックを受けた顔の我妻さんがいた。

「どうせ、駆け落ちでもして逃げようとしてるんでしょ」
「そ、あ、え…はい」

正直者だなあ、馬鹿だなあ。
でも少しだけ胸がときめいたのは内緒。
どうせ、この人には聞こえてるんだから、口には出さない。
そんなことより、私の願望は別の事だ。

「明日の朝には、もう出てるんですよね」
「ああぁぁ…言わないでよぉお…」

両手で頭を抱える我妻さん。
良く見るとガタガタと肩が震えている。
可哀想になってしまって思わずその肩に手を伸ばしてしまった。


「善逸さん」


我妻さんは、へっ?と言いながら驚いた顔を上げた。


「私は、ここで待ってますから。絶対帰ってきてくださいね」


善逸さん、と呼ぶのは少し抵抗があるし、照れくさいけど。

神様、この人をどうか死なせないで。

私の、大切な人。









「帰ってきたら結婚「しません」」


ねえ、この人ほんと何なの。



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