02. ありえない。どこよ、ここ


「さっむぅ…」

学校帰り、友達と別れた後、私は手元のスマートフォンを操作しながら、家までの道を歩いていた。
明日はテストもある。まあ、もう少しで夏休みが始まるから、そこまで苦ではないんだけど。
テスト範囲はどこまでだったかな、と考えながらイヤホンから流れてくる音楽に耳を傾けていた。

突然だった。
凍てつくように身体が冷えだしたのだ。
季節は夏、暑さもそこそこの時期に急に冷えるなんて……
思わず声に出してもう一度「さむい」と言ってしまった。
あまりの温度変化に手元のスマホから目を離した。

あ、えーと?
ここはどこ?

いつもの帰り道だったはずだ。
だけど景色は見慣れない田んぼの広がるあぜ道。
きょろきょろと周りを見渡しても、アスファルトやコンクリートの建物なんてない。
むしろ何もない。
歩きスマホをしていたのが悪かったのはわかるけど、まさか知らない所まで歩いていたなんて。
どうしよう。

私の心配を余所に身体はどんどん冷えていく。
夏だというのにこの寒さは何なの。
半袖のセーラー服を睨みつけながら、誰か人がいないか探し回る。
舗装されていない道を歩きながら、露出した腕を擦った。
スマホを確認すると、画面表示は圏外となっていた。

「ありえない……どこよ、ここ」

このご時世にスマホが使えないなんて場所なんて、そんな所まだあったんだ。
声と一緒に白い息がふわっと顔の周りに広がる。
耳のイヤホンまで冷たく感じるので、さっさとカバンの中に仕舞うことにした。

畑と畑の間の一本道。
そこをずっと歩いていくと民家らしき家が見えてきた。
家というより、小屋みたいな木造の茅葺屋根の家だ。
茅葺屋根なんて初めて見た。
そんな所、近所にあったかな?もしくは果てしなく遠い場所まで歩いて来てしまったか。

困ったなぁ。
人はいるのかな。
当てもないけれど取り合えず民家の扉に近付く私。
震える手で民家の引き戸をノックする。

「あのー…すみませーん…」

コンコンと叩いてみたけれど、反応がない。
嘘でしょ、留守なの?
どうしよう、身体も冷たいし、このままでは本当にまずい。

「裏に回ってみようかな」

もしかしたら空き家かもしれない。
普段なら絶対しないけど、裏口が空いていたら中に入れるし、見てこよう。
そう思い、肩に掛かっているカバンを掛けなおして、歩き出そうとしたその時。


「あのー?どちら様ですか?」


背後で若い女性の声がした。
慌てて後ろを振り返ると、そこには十代後半くらいの女性が立っていた。
最近では珍しい着物を着ており、その上から羽織を掛けている。
手に小さな巾着を下げていて、買い物にでも出かけたような装いだ。

女性は不思議そうな顔でこちらを見ていた。

「我が家に何か御用でしょうか?」

もう一度、女性が尋ねる。
ここは女性の家だったのか。
空き家だと思って不法侵入するところだった!

「あ、あの、ごめんなさい!道に迷ってしまって、人を探していたんです……」

慌てて怪しい者ではないと弁明する。
誰がどう見ても怪しい人だったとは思うけれども。
そんな私に女性は「まあまあ」と左手を頬に当てて、話を聞いてくれた。


◇◇◇


「ここら辺はほとんど空き家なのですよ。私は近くに住んでいるのですが、偶に掃除をしにこちらへ来ているのです」


藤乃さんと名乗る女性は、家の戸を開けて中へと誘ってくれた。
なるほど確かに少し埃っぽく感じる。
部屋の隅にカバンを置かしてもらい、真ん中の囲炉裏に近づいた。
藤乃さんが器用に囲炉裏に火をくべてくれた。
ああ、助かった。

「女学生さんですか?この辺には学び舎なんてあったかしら…?」

首を傾げる藤乃さん。
女学生?学び舎?まあ、間違いではないけど、言葉のチョイスが古いように感じる。

「つい歩きスマホをしていたら、知らない所まで来てしまったみたいなんです。スマホも圏外だから地図もわからなくて……」

少しずつ身体が温まってきたのだろう。
固まっていた口も動くようになってきた。
藤乃さんはきょとんとした顔でこちらを見ている。

「申し訳御座いません、“すまほ”とは何の事でしょうか?」

本当に知らない、というような顔で藤乃さんが答える。
ここの住所は教える事はできますが、と仰ってくれるけれども、別に住所は重要ではない。

「あ、あぁ…携帯電話の事ですよ」

スマートフォンが分からなかったらしい。
この世にスマホを知らない若い人がいるとは思えないけど、田舎だったら分からないかも。
でも流石に携帯電話でわかるよね。

「これです」と掌に乗せたスマホを見せると、予想に反してさらに疑問符だらけの顔の藤乃さんがいた。


「けいたい、でんわ?」


携帯電話も通じないの!?
この人、本当に日本人なの?
いや、まあ、ザ・日本人みたいな恰好しているから、日本人だろうとは思うけど。

それより、ここは携帯電話の情報も入らないくらいの限界集落なの?
そんな所まで来てしまったなんて、どうしたらいいんだろう。
背中に冷たい汗が流れ始めた。
今日中に帰るのは無理なんだろうか。
段々焦りも出てくる。
私は今までテストの時にくらいしか使わない頭をぐるぐるとフル活用して考えた。

「近くに警察とか、交番は…」
「この辺には御座いませんねぇ」

困ったわ、と藤乃さん。
……一番困ってるのは私ですけどね。

「え、えーと…この辺で一番大きな家とか、建物ってありませんか?」

近所の人が藤乃さんみたく、携帯電話すら知らない人間の可能性も無くは無い。
だとしたら、近代テクノロジーに近い建物、もしくはお金持ちならわかるんじゃないかと考えた。

焦りながら尋ねる私に、藤乃さんはぱあっと閃いた顔をして「御座いますよ!」と言った。
その声に取りあえず私は安心した。



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