03. オニ?


「もし良かったら、其処まで案内をして頂けると助かるのですが……」

図々しいお願いだと分かっていても、頼らずにはいられない。
こんな見知らぬ土地で一人でやっていけるほど、私は大人ではない。
スマホが使えない以上、攻略方法なんて知らない。
俯きがちでそう尋ねると、こくりと藤乃さんは頷いた。

「ええ、構いませんよ。夜までに到着したいので、すぐに出ましょうか」

少し険しい顔でそう言う藤乃さん。
まあ、女二人では物騒だろうし。街灯もなさそうだったしね。
暗くならないうちに目的地まで行っておきたい。

「ところで、」
「はい?」

不思議そうに首を傾げて、藤乃さんは私の頭の先から足の先までちらっと見つめて、本当に心の底から不思議そうに口を開いた。

「どうして寒そうな恰好を?冬にそのような装いでは、若い女性には耐えきれないでしょう?」
「冬っ!?」

藤乃さんの言葉に驚いて目を丸くする。
しかも少し前に身を乗り出してしまった。

だってそれもそのはず、私の脳が正常であれば今は7月、夏だと思う(暑かったし)。
少なくともさっきまでは。
自分の身に何が起きているのかさっぱりわからない。
夏からいきなり冬になるなんて、訳が分からない。
いつから日本の気候は短期間の内に大きく変動するようになったんだ。

最初から違和感しか感じなかったが、摩訶不思議すぎて現実を直視出来ない。
冷静に考えれば、確かに外は冬のように寒かった。
それに、中学生の足で歩きスマホ程度のよそ見をした所で、こんなに風景が変わるくらい見知らぬ土地に来てしまう事ってあるの?
来る時は電柱すら見当たらなかったし、道は舗装されてなかった。
本当にここは、私の知る日本なのだろうか。


私は一体、どこへ来たの?


きっと私の顔は血の気が引いて真っ青になっているに違いない。
それなのに頭の方はフル稼働で動いているのものだから、オーバーヒートするように熱い。
思考を巡らせてみても一体全体どうなっているのか分からない。
驚いた顔の藤乃さんが「大丈夫ですか?」と私の顔を覗き込む。

いえ、全然大丈夫ではないです。




◇◇◇




「そう言えば、お名前を伺っていませんでしたね」


私が落ち着くのを藤乃さんは黙って待ってくれていた。
正直助かったが、まだ頭は混乱している。
まあ、悩んでも仕方ないし。と簡単に切り替えられないけど、今考えても分からないものは分からないのだから、考える事を私は放棄した。
藤乃さんの言葉で私はその時初めて、自分が何一つ名乗っていなかったことを思い出した。

「あ!ごめんなさい、名乗っていませんでした…苗字名前と申します」
「名前さんですね、ここら辺で一番大きい建物は私の奉公先になるのですが、私の雇い主である旦那様は特殊な能力をお持ちなので、もしかしたら名前さんの状況を何かご存知かもしれません」

身支度を整えながら藤乃さんが教えてくれた。
何でも旦那様(結構なおじいちゃんらしい)はとっても凄い人らしく、私の帰り方を知ってるかもしれない、と。この旦那様はお弟子さんに剣術を教えており、屋敷にはそのお弟子さんと一緒に暮らしているとか。そうして彼らも旦那様と同様に凄い力を持つようになるって。

言っている事の半分は理解出来ないが、帰れる可能性があるならそうしたい。
だけど残念ながら私、霊感とかエスパーとかはあんまり信じてないんだよね。
不思議な力と言われて、そんなファンタジーな存在に頼るほど幼い子供でもないのだ。

藤乃さんから借りた桃色の羽織(可愛い)をセーラー服の上から纏って、私たちは藤乃さんの家を後にする事となった。





まだ夕方と思われるが、薄暗くなってきた。
街灯がないから、夜なんで気軽に歩けないよね。
藤乃さんは速足で歩き、私も負けじと後ろを付いていく。
夜が近づくにつれ、藤乃さんから焦りが見えるようになった。
ぽかんとしている私に気づいた藤乃さんが、苦笑いを零してこちらを見た。

「急いでごめんなさいね。ここらで昔、鬼が出たことがあったものですから、本格的に夜になる前に、移動したかったんです」
「オニ?」

鬼ってなんだろう。
そりゃオニは知っているけど。
日本昔話的な生き物だよね。
そのような逸話が信じられているってこと?
それか熊の事をオニだと思っている、とか?
確かに獣が出そうな田舎ではあると思うけど。

ちらりと当たりを見回しても、私にはよく分からなかった。

「ええ、鬼は人を喰らいますので……夜に活動をしますから、昼間は平気なのですが」

少し悲しそうに藤乃さんが言った。
冷たい声色の奥に底知れぬ事情があるのだと理解した。
私は聞くべき内容ではなかったと後悔する。

「あの家は昔、家族で住んでいました。父と母と、私で……」


そこから藤乃さんは黙ってしまった。
私もどう言っていいのか分からなかったので、同じように黙っていた。



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