06. だれなの?


次の日の朝、早速藤乃さんに付いて回りながら、屋敷の事を教えてもらった。
屋敷はそこそこ広いと聞いていたが、まさに身をもって実感した。
ここは旦那様が剣術を教えるための道場や、トレーニングスペースがある。
生活スペースとしては割とこじんまりしているようだけれど、それでも十分広いけどね。

ただ旦那様のお弟子さん(あの怖い人も含む)の身の回りの世話も行うと聞いた。
彼らの服や三食の食事、部屋の整え。
家の事だけでなく出来るだけ彼らのサポートをするのも仕事だという。

藤乃さんに説明を受けた時はなかなかピンとこなかったけれど、母親の手伝いをしておくべきだったと早々に後悔した。
食事の用意なんて、殆ど母に任せきりだったため、私は藤乃さんと少しお腹の大きい八重さんという女性の間をウロウロする羽目になった。
ウロウロするだけで済むならまだ良かった。
割りはしなかったが、本日だけで皿を2枚ほど欠けさせてしまう始末。

自分がこんなにも不器用だったとは。


「つ、つかれた……」


初日は目まぐるしく終了し、あっという間に自分の部屋で倒れていた。
お手伝いさん(女中さん)は私含め三人しかいないが、その三人でこの屋敷の管理を行うのだ。
お弟子さんの人数が少ないとは言え、中々ハードである。

慣れない着物、慣れない仕事、慣れない場所。
それらすべて身体の上にプレッシャーとしてのしかかって来る。
3人の中で1番若いはずなのに、全然動けていない。

こんなことでへこたれてはいけない事は分かっている。
けど、いかに現代が住みやすいハイパーリラックスライフだったのか理解してしまった。
この時代と私の知っている時代では、ズレがありすぎる。


「やっていけるかな……」


誰もいない部屋でポツリと呟いた。
旦那様も藤乃さん達もお弟子さん(奴を除く)も優しい。
けど不安に思う気持ちが胸に広がっていくのがわかる。
なんとも言えない不安に押し潰されないうちに、ブンブンと顔を左右に振って、暗い気持ちを振り払う。

考えても仕方ないよね。
今日が初日なのだ。最初から上手くいくはずなんてない。
今はただ頑張って仕事を覚えるだけだ。

そんな事を考えていたら今日もまた、いつの間にか私は夢の中へとダイブしていた。


旦那様の元で働き始めて、一つの季節が終わろうとしていた。
初めは慣れなかった炊事場の仕事も、皿を割ることなくおかずの一品くらいは手が出せるようになった。
お弟子さん達も良くしてくれて、廊下ですれ違うと声を掛けてくれるようになった。
第一印象最悪のあいつは獪岳と言うそうだ。本人から名乗られた訳でもないので、呼びもしないし、こちらからも無意味に話しかけたりはしないけど。
たまに見かけたら、ギラついた目で「消えろ」と言われる。
本当に嫌い嫌いあの人。常に反抗期じゃないの?
きっと母親のお腹の中に善意を置いてきたのだ。
まあ、あの人に関しては旦那様以外の人皆同じ態度だけど。

旦那様は優しい事に、鬼の情報を集めてくれているみたい。
時々旦那様の周りに手紙や言伝を持ってきたカラスが飛んでいる。
人語を話すカラスは初めて見たけれど、鬼だのなんだのが存在する時点で、そこまで驚きはしない。

すっかり大きくなったお腹の八重さんも、この度お暇を出される事となった。
これからは藤乃さんと私だけになってしまうが、この生活にも結構慣れてきた。
より一層頑張らないと、と心に決めた。


◇◇◇


その晩の事だった。
私は久しぶりに“あの夢”を見た。

いつもの雑木林から始まり、地面に手を付いている腰を下ろしている私。
私の前にはいつもの少年がいた。
いつもなら夢だからと気にしていなかったが、この時代で生活し始めて気付いた事がある。

この人の着ている羽織、旦那様の模様と同じものだ。

正確に言うと、雷の呼吸という剣術を使う人が着ている羽織にそっくりだった。
旦那様だけでなく、他のお弟子さんもこれと同じ模様の羽織を着ている事から、間違いないだろう(奴は除く)。
だけど旦那様とも、他のお弟子さんとも羽織の色が違うようだ。
誰だろう。こんな人、旦那様のお屋敷では見たことがない。

少年の背中を眺めながら、旦那様を初めて見かけたときの懐かしい気持ちはこの羽織の模様を覚えていたからだ、と思った。

それから、
少年の左腰に刺さっている刀、これは日輪刀だ、間違いない。
別名、色変わりの刀という不思議な刀は鬼殺隊の隊員しか持つことを許されていない刀だ。
鬼殺隊とは、唯一鬼を滅することが出来る組織の事。
この人も鬼殺隊の一人なのだろう。旦那様も昔、幹部の一人であったと聞く。
この人の刀身が稲妻のようになっている所をみると、雷の呼吸の使い手である事は確実だと思う。

この夢、現代にいる時から偶に見ていたけど、様々な事柄がこの時代とリンクしている。
現代にいる時は気にならなかったから、ただの夢だと思っていたけれど。
よくわからない。

この人が日輪刀に手を掛けている、という事は。
私達と対峙するように前にいるのは、鬼なのだろう。
あぁ、やっと理解した。私達は鬼に襲われているんだ。
だから私を庇う様に前に立ってくれているんだ。

そして、またいつものように場面が変化する。

横たわってけど、この人に抱かれているため地面に寝ている不快感はない。
顔見てもこの人の顔は今日も見えない。
髪型、髪色から察するにこの人に会ったことはない、と思う。
旦那様とお弟子さんたち以外とはまだお会いしたことがないけど。

考えている間に雫が上から降ってきた。
雫を頬に受けて、私は目を細める。
あぁ、また泣いてる。

何で身体が動かないのか、今まで考えたことなかったけど、少し上げると原因は判明した。
自分の腹部のセーラー服がじわりと血で染まっているからだ。
何故私はセーラー服を着て、腹部から血を流しているのか分からないけれども。
夢だからなのか痛みはあんまり感じないかな。

視線を少年に戻し、私は何とも言えない表情で彼を見る。
いつもここで、この人に何か言おうとするんだよね。
だけどいつも何と言っていたっけ。
本当に都合の良い夢だ。でもあまりにリアルで、変な夢。


「あ、な…たは…」


だれなの?

きっとこの言葉も彼の耳に届く事はないんだろうけど。



気が付くと、私は自室の天井を見上げていた。
目尻に溜まった涙が、枕を濡らしていくのがわかった。
酷く心臓が揺さぶられる。
わからない。あの人は誰なのか。
何でずっと夢に出てくるのか。

もしかしたら、あの人と私に掛かった血鬼術と何か関係するのかもしれない。

鬼と戦っているであろう、彼なら。
何か知っているかもしれない。

いつか、会えるのだろうか。

またゆっくり私は瞼を落とした。

二度寝を試みた事で、この後藤乃さんから寝坊して怒られた。



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