07. 金色の


「名前さん、旦那様から今日から新しい人が来ると連絡がありました」


二度寝の所為で寝坊してしまい「めっ」とデコピンされ怒られた後、藤乃さんからそう言われた。
少しだけ寝ぐせの残る髪を慣れた手つきでポニーテールに。

「新しい人、ですか?」

私は髪を掴んだまま首を傾げる。
ええ、と微笑む藤乃さん。
新しい人、というのは新しいお弟子さんの事か、なるほど理解した。

縁側で雑巾の水を絞りながら、藤乃さんは教えてくれた。
月に数度、旦那様が鬼殺隊の本部やらなにやらに出かけるため、街に出る日がある。
今日がその日である。
そこで才能ある若者を見つけたので、連れ帰るとカラスから伝言があったそうだ。
へーほーふーん。新しい人、ねえ。
脳裏に浮かぶは、いつも殺気だっている愛想の一つもない男。
あの不機嫌クソ野郎みたいな人じゃなかったら何でもいいや。

縁側の床を拭きながら、私は新しくやってくる人のために、何が必要なのかを考えていた。
新しいお部屋、それからこれから生活するための着物、後何がいるかな?
藤乃さんからは部屋の準備だけをして、服装は来られた時に採寸をしましょうと言われ、縁側の掃除を終わらせた足で誰も使っていない部屋に足を踏み入れたのだった。

仲良くなれるかな。

障子を全開にして、空気の入れ替えをしながらふと思う。
誰とは言わないが、またあんなクソ野郎みたいな人が来るとなると、私のSUN値はダダ下がりだ。
はあ、と重いため息を吐いていたら、「楽しくなりますねえ」と柔らかい藤乃さんの声が廊下から聞こえた。

そうですね、と答えてさっさと掃除を終わらせるように、私は手元をテキパキと動かした。


◇◇◇


夜に旦那様は帰ってきた。
小脇に怯えた表情を見せる少年を連れて。

真っ黒い髪のサラサラヘアーの男の子。
太い眉に人がよさそうな柔らかい顔立ち。
年は私と同じくらいだろうか。

少年は帰ってくる前からずっと、旦那様の足元に縋るように引っ付いていたらしい。
帰ってきてからも泣き喚きながら「ありがとぉぉぉおおうう!!俺、頑張るからさああっ!」と旦那様にべたべたしていた。
何でも女性に騙され借金を背負わされて、どうしようもなくなった時に旦那様が現れて助けてくれた、とか。

私は物陰からこっそり顔を出して、玄関に立つ旦那様と少年の様子を見ていた。

何故なら。
二人が帰宅してすぐに藤乃さんが「いらっしゃいませ」と少年に声をかけた瞬間。
彼は目にも止まらぬ速さで、旦那様から離れ藤乃さんの手を握りに行ったのだ。
……確か女性に騙された、とか言っていなかったか?
ただの女好きじゃないの。
何で女性に騙されたのか、何故か手に取るようにわかる。

あまりの気味の悪さに、少年の前に出るのを躊躇した。
ので、こうして私は物陰から不審者をじーっと眺めているのだ。
旦那様によって強制的に剥がされた少年は、そのまま旦那様の部屋へ連行された。
部屋からもしばらく感謝の気持ちを伝える言葉が聞こえてきたが、ある時から「俺には無理だよぉおおおお!」という絶叫に変わった。
旦那様が弟子の修行について説明されたのだろう。

確かにそう言いたくなる気持ちはわかる。
他のお弟子さんの様子を見る限り、決して生易しいものではない事を知っているからだ。
現に耐え切れなくて辞めてしまうお弟子さんも、中にはいるし。

それにしても凄まじく五月蠅い人……。
ポジティブに言えば感情表現が豊かだとは思うけど、ね

「名前」

旦那様の部屋から、私を呼ぶ声がする。
廊下で待機していた私はすぐに障子をあけて「はい」と返事した。

部屋の中には、部屋の柱に抱き着いて離れない先程の少年がいたが、私が障子を開けた事に気づくと、こちらを潤んだ目で見た。

「善逸に羽織を用意してくれないか」
「承知いたしました」

少年の名前は善逸と言うらしい。
旦那様から指示があり、早速私は彼に合う羽織を見繕うため倉庫になっている部屋へと向かった。
藤乃さんから、お弟子さん達の羽織を保管している籠の場所、聞いていてよかった。

薄暗い部屋の中に、歴代のお弟子さんの服や旦那様の骨董品なんかが並んで保管されている。
旦那様は彼にも鱗模様の羽織を着せるんだ、と思いながら、目当ての籠を探した。

あ、あったあった。

目的の物はすぐに見つかった。人一人入りそうな籠。
そのまま蓋を開けると、鱗模様が散りばめられたいくつかの羽織が目に入った。

えーと、確か紙で包んでいる羽織でいいんだよね。
かごの中に一つだけ、上等そうな紙で包まれた羽織を見つけた。
中身は見えないけど、これで間違いないだろう。

それを自分の腕にかけ、私は小走りで倉庫を後にした。


「旦那様、お持ちしました」

すっと障子を開き、中へと入る。
少年はまだ柱の傍でぐずぐず言っていたが、諦めたのか先ほどより静かになっている。
ふう、と小さく息を吐いて私は彼の元へ近付いた。

「こちらの羽織を着てくださいますか?」

彼の顔を覗き込むようにして、そう問いかけた。
腕に掛けた羽織を彼の前に置いて、ぱたぱたと包まれていた紙を開いた。

その時。


「……金色の、」


その羽織は夢で見た羽織だった。



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