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いつものふざけているような表情も、飄々とした態度も。
そんなものは今の五条さんには見えなくて、ただただその布の下にある瞳はきっと私を見ているんだろうな、なんて思った。
こわい、なんて考えもつかなかった。
だって五条さんが怖いなら、その他化け物はもっと怖いはずだもの。

私が案外平気な顔でいるからだろうか、五条さんは真面目な顔を少しだけぴくりとさせて「あのー」と言う。
それに私は首を傾げ「何?」と愛想もなく尋ねた。
明らかに五条さんに戸惑いが見られた。

「だから、恵と何話してたの、って聞いたんだけど」
「それは分かってますけど。それより、何か怒ってますか?」
「……怒ってるというか」

そんな冷たい声で言うくらいなんだから、きっと私に怒っているんだろう。
彼の態度はまさに怒りを含んでいる。そう私は思った。
だから尋ねたのに、やっぱり五条さんは納得いかないような顔で、自分の頬を指で掻いた。

「…名前が僕と喋っている時よりも、楽しそうだったから」

ちょっとだけ嫉妬しただけだよ。

私の手を掴んだまま、五条さんは小さく小さく呟いた。
まるで幼子のようだ、と感じた。
この人はきっと私よりも幾分も年が上なのに、まるで小さな子供のような態度を見せるのだなぁと心の中でひっそり思った。
嫉妬、と言われてもいつものまた冗談の延長だろうということは予想できるけれども、確かに今の五条さんはいつもと様子がおかしい。
慰めてあげないといけないような気さえしてくる。

いつの間にか私の前の席に座り、私の机の上に頭を抱えて突っ伏してしまった。
目の前にあるふわふわな銀色の髪を見て、触りたいと思った私は悪くない。

気が付いたらその髪に触れていた。
触れた瞬間、ビクリと五条さんの身体が動いた。

「別に普通の話です。第一、伏黒くんとは今日初めて会ったところですけど」
「……いや、まあね。僕だってお年頃なんだよ」
「意味が分かりません」
「君には是非とも分かって欲しいね」

やっぱりどこか会話が成り立っていないような気がする。
少し弱気であるところ以外、いつもの五条さんの調子が戻ってきたみたい。
それはそれでいいんだけれど、それにしてもいつになったらこの手は放してくれるんだろうか。
喋りながらなんとか五条さんの手を振り払おうとしたけれど、この男、手を離すまいとさりげなく力を入れて掴んでいる。

「君の瞳には、僕だけを映して欲しいよ」

手を離そうと、悪戦苦闘する私に向かって、覇気のない声がそっと降ってくる。
その声を聞いて気が削がれてしまった。
諦めて私は五条さんの好きにさせることにした。

「まるで五条さんは私の事が好きみたいですね」

冗談だった。
自由の利かない片手を諦め、目の前でふわふわ揺れる銀髪をもう片方の手でいじくった。
ただただ何も考えず発した言葉だった。
いつも五条さんはストーカーのように私の傍にいるし、まるで恋人のように振舞うけれど、まさかそれが本気だとは夢にも思っていない。

そう、ただの冗談。


「今更気づいたの?」


さっきまでの弱気の声より、少しだけ芯の通った言葉。
そして、ふと気が付けば銀髪の隙間からいつの間にか顔を出していた綺麗な瞳と目が合った。

紛れもなく、その瞬間。
私の瞳には、五条さんしか見えていなかった。


「え?」


反射的に声を漏らした。
理解はまだできていない。ただ吸い込まれるような瞳に目を奪われていただけかもしれない。
でも、ほんの少し時間を貰えば、きっと理解をしようとしたはずだった。

「おーい! 先生たち、おっせーよ! もう始めるって、伏黒が…」
「あ、バカ虎杖」

ドタドタと廊下を駆ける足音と、叫び声のような言葉。
そして、その後ろから野薔薇ちゃんの罵声も聞こえてきて。
教室の空気が一瞬で元通り。

五条さんはあれほど離さなかった手パっとを離し、すくっとその場に立った。
そして、何でもないように布を元の位置にずらして、数秒後に飛び込んでくるであろう生徒たちを迎える準備をしていた。


まるで、何事もなかったかのように。



「ちょっとぉ〜折角いい所だったのに、邪魔するんじゃないわよ〜」
「先生、闇鍋にしようぜ。俺、いろんな食材集めてきたから、な!」
「いいねぇ、最初の犠牲者は誰にしようか」

全速力で入ってきた虎杖くんに並ぶ五条さんは、そのまま虎杖くんの首根っこを掴んで教室を後にする。
その後からやってきた野薔薇ちゃんがそっと教室を覗き込んで、私を見つけると「お!」と声を上げた。

「歓迎会の準備、出来たってさ。ほら、行くわよ。……名前?」
「…えっ? あ、うん」
「どうしたの、顔赤いわよ」
「へ? い、いや、何でもない、よ?」

私の顔を覗き込んだ野薔薇ちゃんが心配そうにこちらを見ていたけれど、私はそれどころではなかった。

私の心臓は、未だかつて無いほど、鼓動していた。

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