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お鍋の味なんて全く分からなかった。
折角皆が用意してくれたというのに、私の視界の端にいる五条さんが気になって仕方ない。
虎杖くんは「体調悪い?」と聞いてきてくれたし、伏黒くんなんて黙ってお水をくれた。
野薔薇ちゃんは何かよく分からないけど含み笑いをしていた。
当の本人である五条さんはケロとしているのがこれまた腹が立つ。
もしかして私は遊ばれたのだろうか。

悶々と考えながらお鍋を頂いて、気が付けば夜も9時を過ぎた所。
虎杖くんのお部屋でお邪魔になっていたので、皆片付けが済むとゾロゾロとそれぞれの部屋に戻っていく。
野薔薇ちゃんは「名前は私の部屋でしょ?」と言って、出迎える準備をしてくれていたのだけれど。

「何言ってるの、名前は僕の部屋だよ」

まさかさも当然のように五条さんに言われると思っていなかったので、私と野薔薇ちゃんは一斉に五条さんを驚いた顔で見つめた。
顎が外れそうなくらい驚いているのに、五条さんは「え? 嫌?」と聞いてくる。
嫌とか嫌じゃないとかそういう問題じゃない。

「……私、一応女子なんで」
「勿論ご存じだよ。むしろだからと言っても過言ではないよね」
「先生…マジで言ってる?」
「野薔薇、ガチだよ」

淫行教師、と野薔薇ちゃんが呟いたのが分かった。
話せば話すほど、言葉が通じていないのがお分かり頂けるだろうか。
流石に野薔薇ちゃんは駄目だと思ったらしく、私を庇うように五条さんの前に出た。
その頼もしい背中を見て思わずウルウルと瞳が濡れる。
だけども、五条さんは急に真面目な顔になって、

「…残念だけどね。僕から引き離すことは出来ないんだよ、野薔薇」

それだけ言うと、今度は野薔薇ちゃんがはっとして、チッと舌打ちを零す。
さっきまでの和やかな雰囲気とは真逆の、とても真剣な。
ああ、つまりそうか。
私の血筋とやらのお陰で、化け物に狙われやすいというのはさっき聞いたけれど、
状況は想像以上に危険らしい。五条さんの傍に居なければ私は、コロッと逝ってしまうくらいに。

「……名前、今度は絶対に私の部屋に泊まんなさいよ」

くるりと振り返って私の髪をひと撫で。
そんな事を言ってくれる野薔薇ちゃんの優しさに、私は胸を打たれながらコクコクと頷いた。


◇◇◇


野薔薇ちゃんたちの学生寮を出て、車へ案内された。
どうやら五条さんのお家は敷地内にはないらしい。
「何か鬱陶しくて。職場と家が近いと休まるものも休まらないっていうか」とかなんとか言っていたけれど、そんなのでいいのかと問いたくなった。
車を運転してくれるのは、ここに来るときも一緒だった伊地知さんというメガネを人だ。
ブツブツと「何故私が」と言っている気がしたのは気のせいではないらしい。

五条さんにまるでお姫様のように手を取ってもらい、車へと乗りこむ。
勿論というかもう慣れたけれど、私の横に五条さんが当然のように乗り込む。
そうして車は発進した。

「怖い?」

車が動き出して数分。
五条さんが首を傾げて問いかけてくる。
私はぐ、と唇を噛んで首を横に振った。

「怖い事は怖いですよ、でも」

でも、一人じゃない。
五条さんが守ってくれるというし、皆だって同じだ。
私自身に大した力がないのが本当に悔やまれるけれど。
膝の上に握りしめている拳を見ていたら、五条さんは「そう」と特段変化の無い声を放つ。

車内では五条さんは凄く大人しかった。
私もその空気を感じて必要以上に喋らなかった。
というか、頭の中で冷静になればなるほど、この後五条さんのお家に行くんだなぁとまた心臓がバクバクと音を立てている。
五条さんが素知らぬ顔をしているので、下手に反応できないのが本当につらい。
私だけなんだろうか、こんなに意識をしているのは。


「どうぞ、マイホームへ」


車を降りて伊地知さんはそのまま走り去った。
目の前に見えた小さなマンションに五条さんは入っていく。
その後ろをトコトコとついていくと、五条さんはふうと少し重めの息を吐き出した。

「一番近い僕の家ね。他にもいくつかあるけれど、とりあえず今日はここで」
「え、他にもお家あるんですか?」
「まあね。モテる男はつらいよ」
「……」
「…冗談だから、そんな反応しないで」

モテる男、と言われてもそりゃモテるだろうなという印象しかない。
だってこの布の下にどれだけ綺麗な瞳が隠されていると思っているんだ。
……まあ、目を隠している内はただの不審者だけど。

一番最上階へエレベーターで案内され、そして一つのドアの前へ。
ガチャ、と五条さんがカギを開けて私を中へ誘う。
男の人の部屋を訪ねるなんて、当たり前だけど初めてのことなので緊張してしまう。
小声で「お邪魔します」と言うと「ただいまでもいいんだよ、もう君の家だ」と五条さんが軽やかに言う。
冗談か本気か分からない事を言うのは、本当にやめて欲しい。

中へ入ると、それはもうシンプルな部屋だった。
家具類は最低限。
白と黒で統一されたお部屋。男の人の部屋ってみんなこんな感じなんだろうか。
それにしたって生活感が無いように見えるのは、やはり家がいくつもあることが原因か。
呆然と部屋の入口で立っていると、後ろから五条さんに軽く押されて、部屋の真ん中へ。

「なあに? 男の部屋で緊張した?」

意地悪く笑う口元を睨みつけながら、私は黒いソファの端に腰を下ろした。

五条さんは奥の部屋に一旦入って部屋着に着替えるという。
その間私はソファに座ったまま、部屋の中をキョロキョロと見回した。
数分後、リビングに戻ってきた五条さんはいつもの布を外し、真っ白なTシャツとスウェットというラフな格好で出てきた。
だからこそ驚いた。

い、イケメンが…っ! イケメンがここにいる!

あの瞳は本当に凶器だ。
ちらっと見えるだけでも凄まじい破壊力だというのに、部屋の中というだけで惜しみなく露出している。
昼間言われた事と相まって私に緊張は最高潮になった。

「見惚れてる?」
「はっ!?」

くす、と五条さんが私を見て笑う。
思わず上ずった声が漏れた。きっと顔面も赤いに違いない。
五条さんはそのまま台所へ消えて、両手にお茶の入ったコップを持って戻ってきた。


「さて、何から説明しようか」


コト、と私の前に片方のお茶が置かれて。
私と向かい合うように五条さんが腰を下ろす。

「まずは君の事から話そうかな。昼間の続きね」
「……まだ続きがあるんですか」
「君の血筋について。知りたかったでしょ?」

確かに五条さんの言う通り、それは一番知りたいことかもしれない。
私は一体何なんだろうか。
化け物にとっての御馳走だというのなら、何故私はそんな風になってしまったのか。
それとも最初からそうなのか。
全て納得いく形で説明が欲しい。
不安の入り混じった顔で五条さんを見ていたら、五条さんはふ、と笑って


「僕の知っている事は何でも教えてあげる。その代わり、名前は僕に対価を支払うんだよ」


と意地悪く呟いたのだった。

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