09


あの後、結局不審者男改め、五条さんは適当に話を濁して、私に他の三人と一緒にいるように伝えると「僕は上の連中に事情説明があるからさ〜」とさっさと教室から出て行ってしまった。
残されたのは、五条さんから重めの話を聞いて気まずい思いをしている三人。
さて、どうしようかな、なんて思っていたら一番最初に口を開いたのは虎杖くんだった。

「気にすんなって言っても気にするだろうけれど、大丈夫だって。俺だって、俺の中には厄介な呪霊だっているし。よくあることだから」
「そんな事が良くあるわけねぇだろうが」
「もっとまともなフォローくらいできないの?」

虎杖くんの後に伏黒くんが溜息を零し、同じように野薔薇ちゃんも呆れた声を出す。
虎杖くんだけが「そうか?」と首を傾げていた。
何だかその様子が面白くて、私はくすりと笑ってしまった。

「まだ、現実味がないんだ」

ここ最近、自分の身に起きた事もそうだし、さっき言われた私自身の事だって。
どれもこれも私の事なのに全く現実味に欠けている。
いくら私に命の危険があるなんて言っても、頭のどこかに「本当に?」と問いかける声も聞こえてくる。
昨日まで、いや、さっきまで私はただの女子高生だったから。

「説明されてもよくわからないし、案外普通に外を歩いても大丈夫な気もしてるの。でもそれはきっと叶わないし、やったら最後、私はこの世からいなくなっているかもしれない」

三人はみんな私の話を黙って聞いてくれた。
誰一人笑わない。

「死ぬなんて、怖い思いをするまで考えた事なかったの」

すうっと大きく息を吸った。

「私、死にたくない」

身体の芯から震えが私を襲う。
手の震えを止めようとして、片手を掴んだけれど、結局止まらなかった。
さっきの五条さんの話ぶりからすれば、きっと皆はもっと危ない事も経験しているんだろう。
私一人、死ぬ恐怖で震えるなんて情けない。

くちゃりと顔が歪む。
もう笑ってもいられない。
五条さんが守ってくれる、って言ってくれたけれど、それでも怖い。

ぽん、と私の方に野薔薇ちゃんが優しく手を置いてくれた。
その表情は、私を安心させるような笑みだった。

「大丈夫よ。先生が一番強いけど、私達だって、簡単にはやられないんだから」

力強い言葉に私の恐怖は少しずつ薄くなっていった。

虎杖くんもうんうんと頷いて。
伏黒くんは無表情だったけれど、僅かに口元が微笑んでいるような気がした。
私は、凄く嬉しくなって、小さな小さな声で「ありがとう」と呟くのが精いっぱいだった。


「さあー! 虎杖、買い出しに行くわよ」
「買い出し?」
「アンタたち、名前が来たんだから豪勢に美味しいもの作ろうと思わないわけ?」
「うおー! 俺、鍋がいい!」

教室内の雰囲気が良くなった後、野薔薇ちゃんが虎杖くんを引き連れて教室を出て行く。
食堂に食材を貰いに行くのだとか。
私も手伝おうと後ろについていこうとすると、伏黒くんが「待っていればすぐに帰ってくるだろ」と言ってくれたので、お言葉に甘えて伏黒くんの隣の席に座って待っている事にした。

伏黒くんは、見た目喋りにくい雰囲気を醸し出しているけれど、案外優しい事がこの短時間で分かった。
きっと今だって私に気を遣ってくれたに違いない。
ふふ、と少し笑って伏黒くんを見ていたら、伏黒くんが「何だ?」と目を細める。

「三人とも仲がいいんだね。羨ましいなと思って」

嘘は言ってない。
本当にこの三人は仲がいいんだろうなと心から感じる。
そう思って口にしたら、伏黒君は少しだけ何かを考えるように視線をずらした。

「お前も打ち解けただろ。すぐに慣れる」
「そうだね」
「……一つ聞きたいんだが」
「どうしたの?」

伏黒くんが逸らした視線を戻して、少しだけ言いずらそうに口を開けては、閉じて。
そしてまた口を開いた。

「その、先生とは本当に恋人なのか?」

言われた言葉を理解するまで、私は笑顔のままだった。


「ないです」


反射的に答えてしまったが、伏黒くんはそれを聞いて口元を少し引きつらせて「そうか」と言った。
思わず敬語で返したけれど、こちらの意図を何となく理解してくれたら嬉しいな。
ふふ、と声を漏らしたけれど、さっきのような笑みはもう私の顔に貼りついてなかった。

「それなら、いい」

伏黒くんがぼそりと呟いた声は、私には聞こえなかった。


◇◇◇


「あれ、悠仁と野薔薇は?」

数分後、五条さんはスキップしながら教室に戻ってきた。
さっきの伏黒くんの質問の所為で素直におかえりなさいと言う気もしなくなったので、黙って伏黒くんを見る。
伏黒くんは私の代わりに「晩飯の調達に行きました」と簡潔に答える。

「なぁんだ、二人で残ってるから間違いがあったのかと思ったわ〜」

とケラケラ笑いながら、伏黒くんの頭を撫でる五条さん。

「……」

伏黒くんだって、そんな事を言われて困っているようだ。
ただ五条さんから顔を逸らして「まさか」と零した。
本当にそう。この人、頭の中は色恋のことしかないのだろうか、呆れる。
軽蔑した視線を送っていたのが分かったのか、五条さんが私を見てくすっと小さく笑った。

「恵、先に行ってて」
「いや…でも」

チラっと私の方を見た伏黒くん。
あ、また私に気を遣ってくれているんだろう。でももう大丈夫だから、私は「大丈夫」と言って手を振った。
それを見て伏黒くんはそのまま先に出て行った二人を追い、教室を出て行く。

あ、しまった。
伏黒くんが出て行ったら、私と五条さんだけが教室内に残ってしまった。
そう気づいた時には遅かったのだ。
廊下を歩く伏黒くんが見えなくなった途端、五条さんの細長い腕が伸びてきて、私の手首を掴む。

そして、

「ねえ、恵と何話してたの?」

さっきの優しい声色はどこへやら。
今まで聞いたことないくらい冷めた声が、私に向かって投げかけられた。

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