12
「あぁ、やっぱりだめだな。ちょっと待ってて」
「…え?」
五条さんの先程のセリフに死後硬直かというくらい身体が固まっていたら、突然五条さんが頬を掻いて立ち上がった。
呆然とする私を放っておいて、五条さんはそのまま台所のカウンターに置いてあった黒いサングラスを手に戻ってくる。
さっきのあれは何かの間違い、もしくは聞き間違いだったのだろうか、と酷く安心したけれど、私の前に座り直した五条さんは「あ、対価は僕が考えるから」とあっけらかんと答える。
やっぱり間違いなんかじゃなかった。一瞬で引いていた熱もまた再熱し始めてきた。
「それでも僕に聞きたいこと、あるでしょ。さあ、どうしようか?」
「……少しまけてくれたり…」
「残念」
「です、よね」
はあ、と私は自分の足元に視線を落とした。
いつまでもこのイケメンを見つめていたら、目に毒だ。
小さく呼吸を整えて、私は半ば諦めるように「わかりました」と答える。
サングラスをかけた五条さんはニコリと微笑み、物凄く嬉しそうだ。
「…私の血筋って…?」
「まあ、まずはそこからだよね」
予想出来た質問だったらしい。
五条さんは驚く素振りも見せず、テーブルに両肘をついて、相変わらずニコニコと私を見る。
綺麗な瞳が直視できないだけ、先程よりマシとも言えるけれど、そもそもいつもは布を当てているので、露出していない面積が大きいのだ。
それが高々サングラス程度でどうにかなるものはない。むしろ、イケメン度が上がった気がする。
なるべく五条さんと目を合わせないように、五条さんの言葉を待った。
焦らしているかのように五条さんは溜めて話し始める。
「君はね、高貴な血筋の末裔だよ。高貴と言っても、貴族とかそういうんじゃなくて、あくまで呪霊達からすれば、の話」
「……私、が?」
「そ。とは言っても最近は薄まってきているんだよ。大昔なんか、皆殺しされないだけマシなくらいご先祖さん皆パックンチョだからね」
「……」
右手をわざとパクパクと動かし、へらっと笑われても、私からすれば全く笑える話ではない。
むしろ血の気が引いていっているのに、この人は気づいていないのだろうか。
五条さんの話が本当なのか、やっぱりにわかに信じがたい。
だって父も母も、そんな素振り無かった。
祖父母だって、同じくだ。
私の険しい表情を見て、五条さんが続ける。
「薄まってきてるって言ったでしょ。近年はただの普通一般人だったんだよ、君たちは」
「…じゃあ、何故今になって」
「薄まってきてるとは言えね、先祖返りが生まれたんだよ。それも最大級の」
「先祖返り?」
先祖帰りって、何の事だろう?
難しい言葉ばかり聞いているから、少しは理解できるかと思ったけれど、さっぱりである。
取り合えず神妙な顔でもしておこう。
そんな事を呑気に考えていた私にとって、五条さんから次に紡がれた言葉は驚愕するしかなくて。
「伯母さん、最後に会ったのいつだったか覚えてる?」
緊張とは違う意味で心臓がドクンと鳴った。
何でそんな事、知ってるの。
そう口から出そうになったけれど、そもそも五条さんは気味が悪いくらい私の事を知っている人だったと思い直して、なるべく冷静に息を吐いた。
「…伯母が先祖返り?」
「そうそう。だからこそ、僕たちも困ったんだよ。正直生きていて欲しくないと願うくらいに」
「…どういう?」
「生きて食われれば呪霊の御馳走+パワーアップの秘訣。そんなの、この世に存在する方が問題だ」
五条さんの顔なんて、直視できない。
声が出なかった。
やっと理解した。
伯母さんは、化け物にとっての御馳走で、人からは生きている事すら望まれなかった存在。
だとすれば、伯母さんは…
「伯母さんは、貴方達に殺された…?」
数年前の冬に、伯母が遠くに引っ越すと言うのでお別れをした。
母は泣きじゃくっており、伯母は母を抱きしめて「また会えるわよ」と優しく微笑んでいた。
そう、いつも微笑んでいたのだあの人は。
今思えば引っ越す程度で母があんなに取り乱すなんて、可笑しいとしか思えないのに。
嫌な想像が記憶として蘇ってくる。
途端に、目の前に座るイケメンが、まるで怖いもののように思えてきた。
まさか、という思いで胸がいっぱいだ。
五条さん。
「あー…それは違う。そういう話があったのは確かだけど、実際にそれは現実には起こってないよ」
「……本当? じゃあ、伯母さんは…」
「残念だけど、生きてはいない」
殺されていない。
そう言われて、ホッと胸を撫で下ろした時。
容赦なく五条さんが現実を突きつける。
嘘かと思って五条さんの顔を見たけれど、笑わずに私をじっと見ていた。
「ごめんね」
「……あ、いえ…」
伯母さんが既にこの世にいない、そう聞いても私はまだ現実を受け入れられていない。
涙すら零れない。その代わり体の芯から湧いて出る震えがどうにも止まらない。
ガタガタと震える足、手。
それを止めようと必死に自分の手で摩ってみたけれど、やっぱり止まらない。
その私の手の上から、五条さんの手が伸びてきて、そっと重なる。
五条さんの手に私の震えが伝わる。
「守ってあげられなかった。だけど、あの人は自分の命よりも、君の命を優先したんだ」
「……わた、し?」
言っている意味が分からない。
全然。
相変わらず止まらない震えをどうしようかと思ったら、五条さんが私の手をそのまま引いて、自分の胸に誘った。
ぽすん、と分厚い胸板に鼻が当たって、そして頬から熱が伝わる。
「先祖返りが食われたら最後、呪霊と僕たちのパワーバランスが崩れるんだ。だからあの人は、君に残したんだよ、名前」
『嫌でも見える時が来るかもしれないわね。でもきっと、その時には綺麗なものも見えているはずだから』
ふと五条さんの言葉を聞いて、伯母さんの言葉を思い出した。
五条さんの言葉はやっぱり難しくて、私にはすべて理解するまできっと時間がかかるんだろう。
でも、昔伯母さんが私に言った言葉は、何となく理解できる。
「……だから、私は五条さんに守られているんだね」
意味を理解したあと、私の頬にはやっぱり生暖かい雫が伝っていて。
それが伯母の死の悲しみなのか、これから自分に起こる事を想像してなのか。
それは分からないけれど、ぐちゃぐちゃの感情が渦巻く中、頭の中に浮かんだのは、最後に見た伯母さんの顔。
『綺麗なものを、一杯見てね』
あんなに見たかった世界だけど、貴女が居なくなる事を望んだわけではないよ。
背中に回された手に甘えて、私は少しだけ声を出して泣いた。