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私がまず気づいたのは、骨格のしっかりした胸板とその温もりだった。
身体全体が温まるようにがっしり抱きしめられている上に、自分の身体が殆ど身動きが取れない事に気づいたのだ。
そして、自分たちが居る場所も昨晩のリビングなどではなくて、マシュマロみたいなふかふかのベッドの上にいる事にも。
一番近くにある窓に目を向けと朝日が差し込み、眠りから醒めたばかりの目にまぶしい。
えっ、私タイムリープでもした? と一瞬混乱するくらい、時間が経過している事だけは分かった。

どれだけ考えても答えのかけらも浮かんでこないけれど、私が目を覚ましてからも目の前の胸板の持ち主、五条さんは相変わらず私を、息が止まるほど、ギュッと抱きしめていて、簡単に逃げる事は出来ない。
恐る恐る顔を上げてみても、まるで子供のようなあどけない表情で眠っているイケメンしかそこにはいなかった。
途端に私も、全身の血液が顔に集中してゆくような気がした。
何でこの人と一緒に布団に入っているのだろうか。

確かに昨晩はかなり重い話を聞いて、私自身散々五条さんの胸をお借りし泣いたことまでは覚えている。
が、記憶もそこまでなのだ。
そこからどうやって私と五条さんはこの寝室と思われる部屋に来て、それから抱き合いながら(というか結構一方的に)眠っていたのだろうか。

とある思いが稲妻のように走り、慌てて自分の衣服を確認すると、安心な事にちゃんと昨晩の服だった。
本気の本気で心からの安堵の息を漏らしたところで、やっと自分の頭上から声が降ってくる。

「おはよう、名前」

ギク、と身体全身が凍り付いたように固まる。
こんな至近距離で浴びていい声色等では決してないため、更に私の身体は熱を持った。

「お、おはようございま、す」
「今日はいい天気っぽいね〜 どうする? デートでも行く?」

この男は相変わらずの調子である。
小さく欠伸をして、さあこれから起きるぞ、と身構えていたのに何故だかまだ五条さんは私の身体を拘束する腕を解こうとはしなかった。
いや、あの、離して。
起きたなら離して。
私の焦りをきっと分かっているはずなのに、目の前の綺麗な目は、嬉しそうに私を見て細まる。

「対価だからね、しっかり頂いたよ」
「……対価…?」

対価、と言われて頭に巡る昨日の光景。
確か五条さんに質問したら、その対価を支払えと言われていた。
……対価?

「まさか、これが対価ですか」
「そ。っていうか、僕も本当に出来た大人だよねぇ。まさか自分の腕の中で女の子が泣きながら寝たのに、添い寝で許してあげるんだからさ。本当に僕は人格者だよ」
「これが、添い寝?」

私の知ってる添い寝とは少し違うようだ。
まさかぎゅうぎゅうに抱きしめられながら眠ることが添い寝だったとは…。いや、そんなわけあるかい。
自分の中でノリツッコミを無事終えたところで、やっと五条さんは私の背中にあった腕を解いてくれた。

耳元で「続きはまた今度」と呟いていくことも忘れずに。

慌てて呟かれた方の耳を手で押さえ、きっと沸騰したヤカンのような表情になっているであろう顔で睨みつけた。

「まあ、本当にデートしてもいいんだけど。僕だって仕事があるしなぁ。残念だけど、そう言うわけにもいかないんだよね」
「いや、それは別にいいです」

上半身を起こし、五条さんがベッドに腰かける。
そして、ちらりと見えたお腹をボリボリ掻いて、もう一度欠伸をした。
態度だけ見ればオッサンなんだけれどなぁ、とその様子を見ながら私も身体を起こした。

「お風呂も入らずに寝たから、とりあえずシャワー浴びるでしょ。一緒に入る?」
「入りません」
「照れてるー」
「照れてません」

朝から五条さんと絡むには、カロリー消費が激しい。
勿論五条さんのお陰で未だに頬に熱を持っていることはそうなのだが、こんな絡まれ方をこれから四六時中続けなければならないと考えると、ダイエットも成功するんじゃないかと思う。

その後私は五条さんのお家のお風呂を借りて、身支度をし終えたところで、丁度五条さんのいつもの恰好に着替えて、いつもの額当てと言っていいのか不明だが、あの布をおめめに装着した。
それを横目に見ていたら、五条さんが私に気づき「なに?」と優しく笑う。

「勿体ない気がして」

あんなに綺麗な瞳があるのに。
どうして隠す必要があるんだろうか。それに、ずっと前から思っていたけれど、この人目を隠しても見えるの?
きっと難しい顔をしていたんだろう私を、五条さんはくすくす笑いながら続ける。

「僕の瞳は色々見えすぎるからね。見えすぎるのが嫌だから、こうして隠している。でも、これでもちゃんと見えるんだよ」
「……便利っすね」
「例えば、今日の名前の下着の色はパステルカラーの黄色で」
「えっ!?」

五条さんの超人ぶりにドン引いていたところ、まさかの変化球を食らって、慌てて自分の胸を服の上から押さえた。
鬼のような目をして睨むと五条さんはまた笑って「うそ。そこまで見えないよ」と言う。

「…見えないのになんで私の下着の色知ってるんですか?」
「それはほら、君がお風呂に入っている間に、僕が脱衣所に侵入したから」
「変質者だ!」

私が凄い剣幕で怒ろうとも、まるで子供をあやすように五条さんは笑って躱す。
そうしてやっと準備が出来たところで、私と五条さんは五条さんのお家を後にした。
外に出ると、昨日と同じ場所に昨日乗ってきた車が停まってあって、中からメガネを掛けた男の人が出てくる。

「おはようございます」
「おはよ」

眼鏡の男の人、伊地知さんは表情を変えずにそのまま五条さんと私を後部座席に乗せて、そのまま車を走らせる。
行先は知らないけれど、きっと昨日の場所だろう。
呑気に窓の外を見ていたら、運転中の伊地知さんが口を開いた。

「昨日はゆっくりお休みになれましたか?」
「…あ、はい」

色々あったけれど、しっかり眠れた気がするのは少なくとも五条さんのお陰でもあるんだろうな。
それを口に出すのは絶対に嫌だけれど。


「昨日は疲れて寝ちゃったんだよね、僕と同じ布団で」


そんな事を考えていた矢先、隣の五条さんのふざけた発言により、伊地知さんのハンドルは急に切られて、車全体が不安定に揺れた。

……嘘じゃないけど、誤解しかないその発言、辞めて欲しい。

その後何故か私が伊地知さんに「何でもないです、本当です」と一生懸命伝えたことにより、理解はしてもらったみたいだった。

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