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「初めまして。呪術師の人って若い人が多いのね」
いつもの大したことのない任務の一つだった。
ある人の護衛だが、襲われた時の生死はさほど重要ではない。“彼女”が呪霊に食われさえしなければ、どこで死のうが問題はないということ。
ダルそうにポケットに手を突っ込んだまま、ベンチで腰かける“彼女”を見た時、その時の僕の態度を見ても“彼女”は顔色を変える事なく、むしろにこりと微笑んだ。
何が楽しいのか分からないけれど、そのまま笑顔を絶やすことなく「お名前を聞いてもいいのかな?」と小首を傾げる様子は、とても三十台の女性だとは思えなかった。
「…名前なんて必要ないだろ。今日一日アンタは俺預かりだ。明日からは知らね」
「あらら、嫌われちゃったのかしら。よろしくどうぞ。ところでお腹空いていない?」
ぶっきらぼうに返答しているのにも関わらず、“彼女”は自分の着物の袖から小さな巾着を取り出した。
中から赤い色をした飴を一つ掌に乗せて「はいどうぞ」と言って俺に差し出す。
俺は目を細めて、ただその飴を見つめた。
「飴は嫌い?」
「そういうんじゃない。アンタ変わってんな、自分が死ぬかもしれないって時に」
まさにいつ死んでもおかしくない状況だった。
“彼女”の血肉は呪われたもの。
それが一滴でも呪霊に取り込まれたら、たちまちこの世は絶望へと変化する。
今まで“彼女”の存在がバレないよう、ずっと呪術師が代わる代わる“彼女”を護衛し、隠してきた。
……勿論、その過程で何も無かったなんてことはない。
“彼女”一人の為に命を落とした呪術師も存在する。
正直、俺にはそれが分からなかった。
“彼女”の所為で年何人も死んでいる、ならば死んでもらえばいい。
別に人一人死のうが、未来ある呪術師が死ぬよりその方がいいとさえ思っていた。
目の前の“彼女”は、自分の運命をまるで何も知らないように、ただ無邪気にそこにいた。
「命の期限が短いのは仕方ないもの。それより、飴いらないの?」
「……」
人が真面目な話をしているというのに、これじゃあまるで子供のお遊びである。
反応するのも面倒になって、俺はとりあえず空いていた“彼女”の隣に、ドスンと座った。
俺が隣に座ったことで気を良くしたのか、それから“彼女”に鬱陶しいほど話しかけられる羽目になり、すぐに後悔した。
◇◇◇
「さて、今日は恵と僕と一緒にお出かけするよ」
「…お留守番は」
「勿論、ダメ」
高専の門の前で車は停車した。
車から降りて高専の門を潜りながら隣でまだ慣れずにおどおどしている名前に向かってそう言えば、一瞬で顔色が変化する。
昨晩の話を聞いてから余計に恐怖心があるようだ。まあ、別に関係ないけどね、僕もついているわけだから。
そうこうしていると、石畳の上でこれまた不愛想に立つ恵を見つけて、わざとらしく手を振って「おはよう、恵」と声を掛けた。
その声で名前は先ほどまでの暗い顔を振り払って、無理やりいつもの笑顔に戻すと、僕と同じように「おはよう」と言う。
…ほんと、優しい子だね、君は。
他人に気遣われないために感情まで隠すのか。
それが僕の前では素直でいてくれる、と考えると結構嬉しいけど。
「おはようございます」
「朝早くからごめんね。さっさと説明するから、準備して」
「はい」
恵はこくりと頷いて、それから名前に視線を落とす。
急に目の縁が柔らかくなって「昨日は眠れたか?」と僕に向かっては絶対に言わないような優しい声色で名前に口を開く。
名前は先程の伊地知との会話を思い出したのか、一瞬口元が引きつったけれど「う、うん」とブンブン頭を上下に振っていた。
「虎杖くんと野薔薇ちゃんは?」
「まだ寝てる。早い方でもないから」
「そうなんだー」
そう言って二人並んで仲良く会話をしている分は、本当に普通の高校生みたいなんだけれどね。
残念な事に、僕はそんなに寛容な方でもないから、他の男と名前が一緒に歩いているだけでもそこそこ苛立っている。
それを表情に出せないのが、本当に面倒だな、大人って。
恵と名前の歩く一歩後ろを僕も大人しくついていく。
まさか僕がこんな醜い嫉妬をしていると思ってもいない二人は、楽しそうに会話を続ける。
が、そこで名前は思い出したように自分のカバンのポケットから何かを取り出した。
「五条さん」
急にくるりと振り返って後ろの僕に右手を差し出す名前。
何だ、と思って名前の手を見たら、その上には赤い飴玉が一つ転がっていた。
「……もしかして、私の所為でちゃんと眠れませんでした…? なんか顔色悪いような気がして。大したものでなくてすみません、飴でもどうぞ」
僕の顔色と恵の顔色を見て比べたのだろうか。
心配そうに眉を下げる姿にときめくと同時に、デジャブのようなその光景に思わずくすりと笑みが零れた。
さっきまでのドロドロとした感情はもうどこにもいない。
「…ほんと、血は争えないねぇ」
笑ってそう言えば、名前は今度は不思議そうに首を傾げた。
普段はそんなに似ているとも思わないけど、ちょっとしたところが“彼女”なんだよなぁ、と胸の中で呟きながら、飴を指で摘まんだ。
「ありがとう、頂くよ」
素直じゃないのは、僕もだった。
あの時言えなかった言葉を、せめてこの娘にはこれからも、何度でも口にしていきたい。
弧を描いた口を見て安心したのか、名前もまた満足そうに笑う。
「あ、伏黒くんの分もあるよ、食べる?」
「…あ、あぁ…」
「恵は甘い物嫌いだから、それも僕が貰うよ」
「……は?」
ごそごそとまた取り出した飴を、ひょいと上から搔っ攫う僕。
一瞬恵が呆れたような顔をしたけれど、名前は気づかない。
「ごめん、知らなかった。今度は違うものにするね」と言って納得する名前に僕は悪い笑みを浮かべていた。
残念だけど、大人であろうとも我慢できないことはあるんだよ。