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朝起きてきた時には気づかなかったのに、伏黒くんと比べて五条さんの顔色は白すぎる。
勿論、元の肌の色が白いこともあるだろうけれど、もしかして私が隣に寝たことで何か体調に不備があったのかと思ったら、凄く悪い気がした。
いつも持ち歩いているカバンの中に確か飴があったことを思い出して、それを五条さんに渡したら快く受け取ってくれた。
飴を見ながら気持ち悪いくらいにニコニコしていたので、よっぽど甘い物が好きらしい。
なんとなくそんな感じはするけれども。
残念な事に伏黒くんは甘い物が嫌いらしいから、今度は違うものをプレゼントしようと決めた。
教室に入って教壇に立つ五条さんはこれから向かう任務について、簡単に説明をし始めた。
私はふんふんと聞きながら、任務の話になると少しだけ五条さんのトーンが低くなることに気づいた。
そうやって考えている間に、五条さんと目が合って「ね、名前?」と笑顔を飛ばしてくる。
残念な事に、前後の会話をどうでもいいことを考えていたことによって全く聞いていなかったので、私は瞬きを数回して首を傾げた。
五条さんも私が話を聞いていない事に気づいていたらしく、もう一度説明をしてくれた。
「昼間だから、大丈夫だよね。廃病院」
「……病院?」
想像以上に弱弱しい声が漏れてしまった。
伏黒くんを見ると口元に手を当てて「これから向かう現場」と優しく教えてくれる。
折角教えてくれて申し訳ないんだけど、その事実知りたくなかった。
「何でそんな怖い所に…?」
「何でって、夜な夜な人の悲鳴が聞こえてくるのと、病院の中に割と新しい衣服が転がっているんだってさー。もう調べるまでもなく、呪霊の仕業ね」
「そこにいくんですか?」
「勿論。僕たちのお仕事ですから」
「わ…」
「勿論、君も」
私も? と最後まで言い終わることなく、死刑宣告をされてしまう。
その表情はやはりどこか嬉しそうである。私が怖がっている様子がそんなに嬉しいのだろうか、この人は。
私の顔色が先程の五条さんよりも青白くなっているだろうと思いながら、やや重めも溜息を吐く。
私が溜息を吐いている横で五条さんは「大丈夫だってー」とあっけらかんと答えるし、伏黒くんはそんな五条さんを呆れて見ている。
五条さんは伏黒くんとよく分からない会話をして(帳がどうとか)、さっさと教室を出て行く。
それを私が慌ててついていくと、先に教室を出た伏黒くんが廊下で待ってくれていて、私と一緒に並んで歩いてくれた。
後ろから五条さんの視線を感じるけれど、きっとどうせ碌な事を考えていないだろうから、無視に限る。
また先程の場所に戻ってきた私たちは、来た時と寸分も変わらない様子で、車の中にいた伊地知さんに現場まで案内してもらうという。
伏黒くんから「座って」と言われて、後部座席に先に座らせてもらう。
その隣を伏黒くんが乗るものだとばかり思っていたら、何故か五条さんが鼻を鳴らして、乗り込んできた。
助手席には何とも言えない顔で五条さんを見る伏黒くんが座った。
「じゃ、行きますか」
五条さんの掛け声で、車は地獄へと発進した。
◇◇◇
ピチャン、と水音が聞こえる。
昼間だというのに周りには陽の光が一筋も見えない。
視界が役に立たないのならば、出来るだけ耳を澄ませて、周りの音に集中するけれど、水音があちらこちらで聞こえるだけでこれまた有益な情報とはなり得なさそうだ。
「…五条さん? 伏黒くん?」
小さな声で名前を呼んでみるも、誰からも返事はない。
さっきまで確実に私の隣に居たはずの二人。
いつの間にか、なんて言うほど時間は経過していない。
一瞬にして、私の隣にあった気配は消えてしまった。
恐る恐る一歩前に足を出してみる。
足元にあった小石を蹴ってしまったらしい、こつんこつん、と硬いものが当たる音が響く。
やがてそれは動きを止めて、同時に音も止んでしまった。
そうしてまた私は一歩前に進む。
「五条さんのうそつき」
離れちゃダメって、言ってたのは紛れもない貴方だろう。
20年ほど前までは運営されていたという病院の前に着くと、まず伊地知さんが病院に向かって、何やらブツブツと唱え始めた。
何が起こったのか、私にはよくわからなかったけれど、五条さんと伏黒くんは平気な顔で中へと入っていく。
「名前は大丈夫だよ。見えるし、入れるでしょ」
そう言われても、目の前にある病院以外に何も見えないし、特に病院には問題なく入れそうなんだけど。
言われた意味を理解するまでもなく、問答無用で先を行く二人。
一歩後ろから、気の進まない私が付いていく。
そこは病院のロビーだった場所だった。
入口のガラスは割れて、白かっただろう壁にはスプレーで沢山落書きがされている。
足元には缶ジュースの空き缶、沢山の落ち葉、それ以外にもゴミが散乱している。
ロビーに置かれていた長椅子は、カバーに穴が空き、スプリングが飛び出しているものもある。
カサカサと音がするから、もしかしたらねずみとかもいるかもしれない。
「…やだー雰囲気あるぅ」
「突然気持ち悪い声を出さないでください」
五条さんが沈黙の中突然高い声を上げたので、思わずビクリと身体が反応してしまった。
私の思っていたことをそのまま伏黒くんが言ってくれたので、私はただこくこくと頷いておいた。
悪質ないたずらに、私の表情も険しくなる。
「だって、廃病院ってカップルで来れば雰囲気あるお化け屋敷じゃない。僕に抱き着いてもいいんだよ、名前」
「抱き着きません」
「つれないなぁ」
何でこんな大事な場面でそんな事が言えるのか全く理解できない。
ふん、と唇を尖らせわざと五条さんから顔を逸らしたのに、五条さんはケラケラと楽しそうだ。
でも一頻り笑ったあと、今度は急に真面目な顔になって
「絶対に僕から離れちゃダメだよ」
ね? と私の髪をひと束掬ってそう呟いた。