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「今日はこの辺にして、もう休もう? 色々あって疲れただけだから」
「……はい」
確かに五条さんの言う通りかもしれない。
ここ最近の事に加えて、自分の体質の事でこれほどまでに振り回されるとは思ってもみなかった。
考えれば考えるほど、頭が痛くなる。
考える事を放棄して、もう少し眠りたい。
五条さんの手が私の目を隠して、瞼を閉じさせる。
それが酷く安心できて、到底眠れないと思っていたのに、次第に眠気が私を襲ってきた。
「まだ眠ってていいよ、僕も傍にいるから」
最後にそう言われると、私はそっと意識を手離した。
熱に浮かされた身体とこれまで蓄積された疲労が、緩い眠気を誘う。
このまま全部夢であったらいいのに。
瞼を閉じてから、どれくらい時間が経ったか分からない。
ふわふわとした意識の中、まだ何となく隣に五条さんが居る事だけはわかった。
五条さんが私の手をそっと布団の中へしまう。
きっともう眠りについたと思ったに違いない。
「もう寝たか?」
「ああ」
僅かに鼻を掠めたたばこの香り。
聞いたことのない女の人の声と、面倒くさそうに答える五条さんの声。
もしかしたら、私と五条さんが話している時も、この女の人は傍にいたのかもしれない。
そうだとしたら、少し恥ずかしいとは思うけど。
「やけに面倒を見るじゃないか。それだけお気に入りってことか」
「うるさい。たばこ辞めたんじゃなかった?」
「匂いを嗅いでいただけ。……それにしても、この年齢から業を背負いすぎたな」
「まあ、ね」
ドキン、と緊張で胸が鳴った。
誰の事を話しているのか、理解してしまったからだ。
私は目を開けるタイミングを失い、そのまま狸寝入りを決め込んだ。
まるで聞いてはいけない話を聞いているようだ。
そんな私に気づかないで、女の人は続ける。
「五条先生も大変だねぇ。この子が生きている限り、ずっと傍にいなくちゃいけないんだろう」
「仕方ないさ」
ドクン、ドクン。
息の仕方を忘れたかと思った。
ああ、これは私が聞いてはいけない話だ、と直感で感じ取った。
だけど、もう眠ることも出来ない。
その後に続く言葉を聞きたくないとただただ胸の中で叫んだ。
「まあ、楽じゃないよ。自分の気持ちを隠して傍にいるのは」
その言葉を聞いて思わず身体がビクリと反応したから、変に思われないために五条さん達に背を向けるよう寝返りを打った。
閉じていた目をゆっくり開き、誰もいない白い壁を見つめる。
次第に視界がゆらりと歪んでいくのがわかった。
だけど、それを悟られてはいけない、必死で声を出さないよう布団の中で口を押さえた。
楽じゃない。
自分の気持ちを隠して傍にいるのは。
五条さんの声が、何度も何度も頭の中で響く。
考えればすぐに分かることだったのに。
ずっとずっと、勘違いしていた。
私の存在は、五条さんにとっては何よりも、迷惑だったのに。
私だけじゃない、私の家族、私の祖先、全てが迷惑だった。存在してはいけなかった。
ドクンドクン。
自分の心臓が痛い。
心臓が悲鳴を上げている。
きっと今まで沢山の人に迷惑だと思われていた。
消えてくれと思われていた。
でも、誰よりもそれを願っていたのは、今まで私を守ってくれたこの人だ。
まるで普通の子を相手にするように、接してくれていた今までが、全て泡となって消えていく。
私の所為だ。
私がいるから、五条さんは私が生きている間ずっと、傍で監視をしなければならない。
勿論私だけじゃない、私の血を受け継ぐ人たち、全員。
それが迷惑以外の何物でもない事に、何で今やっと気づいたんだろう。
気が付けば、五条さんも女の人の声もしなくなっていた。
どこかへ行ったのだと理解した時、私は布団を頭まで被って、誰にも聞こえない声で呟いた。
「…ごめんなさいっ…ごめんなさい」
今まで私達を守ってくれた人、これからも私達の所為で大切な時間を失う人。
◇◇◇
名前の体調が良くなったのは、任務から1週間経ってからだった。
毎日傍にいたけれど、僕がいる間は名前は眠っていたし、たまに起きている時に話せば「疲れたら寝ます」と言ってすぐに眠りに落ちてしまう。
まだ身体に慣れないことは分かっていたけれど、以前のような笑みを見せて欲しいとは思う。
……元気になったら、もっといろんなことを話そう。
今までも沢山喋ってきたけれど、そんなんじゃ足りない。もっともっと名前の事が知りたいと思うし、喜んで欲しい。
名前の寝顔を見ながら、早く目が覚めてくれればと思っていた。
ある時、僕が目を離している間に名前はベッドから抜け出していた。
硝子が言うには、近くを散歩すると言って出たという。
しばらく運動していないのだから、無理はしないように言ったが、気分転換ですぐに戻ると。
この敷地内ならば名前が歩き回る分には問題はない。
でもせめて僕に一声かけてから行って欲しいね、と小言を漏らして、僕も部屋を出た。
彼女はどこへ行っただろうか。
ポケットに手を突っ込んで、あたりをキョロキョロしつつ散策する。
病み上がりの人間が遠くへ行けないことは分かっていたから、近くにいるのは分かっていたけど、それでも心配だ。
可能であれば、紐で繋いで僕から離れないでほしいくらい。
こんな事を言うと嫌われるのはわかっているから、口には出さないけれど。
暫く辺りを歩いて、五分くらいして彼女を見つけた。
彼女は、正門の塀に背中をつけて座り込んでいた。
どうせ歩き回ったのはいいが、体力の限界を感じて動けなくなったんだろう。
そんな彼女の前に立つと、ゆっくり彼女が顔を上げた。
「無理しちゃだめだよ」
彼女に向かって手を差し出した。
きっと彼女なら、恥ずかしそうに笑ってその手を取って立ち上がると思っていた。
それなのに、彼女は、名前は何事もなかったかのようにすくっと立ち上がり「すみません」と言って、僕の隣をふらりと通り過ぎる。
拒絶を感じた。
慌てて振り返ったが、名前はまだ調子の出ない足でふらふらと歩いていた。
……偶々か、それとも故意か。
どちらにせよ、沸点の低い僕は舌打ちを零していた。
「何それ」
初めて君に怒りを感じた。