03

「やぁ、今日も会ったね」
「先生、その子誰?」
「……」

あり得ないあり得ないあり得ない。
何で何で何で!!
私は今、学生にとって長い一日を終えて、さっさと家に帰ろうとしていた、そのタイミングだった。
今日は家に買っておいたケーキを食べよう、そうしよう。
家にあるケーキの事を考えれば、階段を下りる足もステップを踏んでいた。
最後の一段を軽やかにジャンプして、さっさと下駄箱から外に飛び出した。
のに。

「やあ、今日も会ったね」
「…先生、さっきも同じこと言ったよ」

私が聞こえてないとでも思ったのだろうか。
同じ言動を繰り返し、右手を軽く上げて私に声を掛ける姿は、もう不気味でしかない。
何度か目にしたことのある不審者一人と、さわやか系男子が一人隣に立っていた。
さわやか男子は私と年の変わらないように見えた。何故かは分からないけれど、不審者男の事を「先生」と呼んでいるのが、恐ろしくてたまらない。
まさかだとは思うけれど、この男、教師だとでもいうのだろうか。

「今から帰り〜? 僕が送ってあげるよ」
「え、先生…俺達今から…」
「ゆーじ、いいからいいから」

ゆーじ、と呼ばれた男の子は、少しだけ困った顔をして、次に私を見た。
いや、そんな顔されても一番困っているのは私なんだが。
大体校門の柱に背を預けて、この人たちはうちの学校に何用だろうか。
恰好からして、うちの学校の関係者とは考えにくいし。
特にこの不審者男の恰好は以前見た時から思っていたが、おめめに布が当たっていて、それ本当に前が見えるの?と問いたいくらい変な格好をしている。
まだ男の子の方が…まあ、黒い服好きな男多いもんね?と言いたいくらいで済むけれども。

ちなみに私がこの二人に会ってからまだ一言も話していないというのに、既に私は家までこの不審者男に送迎してもらうことが決まっているらしい。
それはとても怖いので、やっとの思いで私は口を開いた。

「きも」

私の口から出た辛辣な言葉に、顔面を歪めて驚いたのは男の子のほうだった。
あの不審者はにへらと笑い「酷いなぁ〜」と柔らかく返してくる。
何なんだその強メンタル。少しはショックを受けた顔くらい見せればいいのに。

「まあまあ、そう言わずに。最近物騒だからさ、家までぴゅーっと僕が送り届けてあげるって。あ、送り狼をご所望なら承るけど」
「キモイキモイキモイ」
「…先生、流石に俺も引く」
「えー?」

既に「キモイ」しか口に出来ないBOTと化してしまった私に、めげずに送迎しようとする心意気だけは褒めてやりたい。
確かに初対面の時は色々あって助けてくれたみたいだけれど、私のいるところあちらこちらに現れるのは、それはもう立派なストーカーだ。
男の子は後頭部を片手で掻いて「じゃあ、俺一人かぁー」と面倒臭そうに声を上げる。
いや、だから、何で私が送迎される前提で話しているんだ。
君たち何かうちの学校に用があったんだろうに。

「じゃあ、後から来るから、よろしくね」

いつの間にか私の隣にちゃっかり立っていた不審者男。
そして、軽く肩を抱きながら歩かれてしまい、私は顔面いっぱいに拒否を露にして抵抗してみたけれど、すぐに「変顔かーわい」と言われてしまって、もう反応するのも嫌になった。



◇◇◇


「怒ってるの?」
「……」

男の子と別れてから数分。
私は不審者男と一緒に歩いていた。
話すこともないので、勿論沈黙を守っていたけれど、それを怒っていると思われたのか、不審者男が顔を覗き込むようにして尋ねてきた。
いや、どう見ても怒っているとかそういう次元じゃないでしょ。

「強引だったのは申し訳ないけれど、これも君のためなんだ。我慢してね」
「…私のため?」

言い訳するように男が続けた。
その言葉を聞いて私は思わず聞き返してしまう。
私のため、とはどういうことだろう?
どう考えてもこの不審者男の欲望のままに送迎されているとしか思えない。
私の眉が吊り上げっているのを確認して、くすりと男が笑う。
やっぱりその目、見えているんだ。なんてどうでもいい事が頭に浮かんだ。

「君の魅力に気づいた奴らが、いつでも君を狙っているからね。僕が守ってあげないと」

何か先日も王子様だとかなんとか言われたような気がしたが、ただ単にこの男の目と脳みそが腐っているだけじゃないだろうか。
私に群がる男なんて、今まで生きてきて一人もいなかったし(あ、そう言えばこの男が初めてだ)、学校でだってモテるほうでもないから、不審者男の発言は綺麗に嘘しかない。
更に顔を歪めた私を見て、男は口角を上げた。

「…学校は壺みたいなものだから。一度入れば出口まで遠くて抜け出すのに苦労するよ。壺が出来上がる前に外へ連れ出せたのは、幸運だったね」
「何の話してます?」

少し真面目風にトーンを落として呟いているけれど、何のことだかさっぱりである。
一向にこの男と会話がかみ合わないのは、もはや通常運転とすら思う。
小首を傾げ男を見ていたら、男は「君の話だよ」と私に向かって手を伸ばしてきた。

さわり、と頬に添えられた手が突然すぎて避けることも出来なくて。
叫び出そうとした私が、一瞬言葉を失ったのは、男がもう片方の手で目を覆う布を軽く親指で上げていたからだ。
その先にちらりと見えた、私の射抜く瞳。

「き、」

思わず綺麗だ、と口にする前に私の身体はふわりと宙に浮いていた。

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