08

「丁度皆いるだろうから、そこで紹介するわ」
「あ、ありがとう…野薔薇ちゃん」

スラっとスタイルのいい身体で堂々と立つ姿が眩しい釘崎野薔薇ちゃん。
返事の代わりににこりと微笑んで、私の一歩前を歩く。
何故か不審者男はがっちり私の隣をキープして、こちらも気味の悪い安っぽ様な笑みを浮かべていた。
ちなみに何度も離れようと試みたが、どう頑張っても隣に居据わるので諦めた。

そんな私達(というか主に不審者男に向けて)冷たい視線を飛ばす野薔薇ちゃん。
小声で「キモ」と言ってくれた事に完全同意である。

見慣れない敷地内。
大きな建物に大きな門扉。
立派な建築物を見ながら呆けていたら、いつの間にか野薔薇ちゃんが先に入っていたらしく「こっちよー」と声を掛けてくれた。
慌てて小走りで向かう私(と、不審者男)。

まるで教室のような部屋がいくつもあって、その内の一つのドアに野薔薇ちゃんが手に掛ける。

「ちょっと変わった奴らだから、何かあったら遠慮なく言うのよ」

男子よりも男らしいセリフに私は完全に野薔薇ちゃんの虜である。
顔の前で両手を合わせ、コクコクと何度も頷いた。
出来る事なら、隣の男も引き剥がしてほしいけれど。

ガラガラ、と扉を開けたら、教室の中心部の机に二人の男の子が腰を掛けていた。
一人は以前、この不審者男と一緒に私の学校に来ていた男の子で、もう一人は初見だけど、頭がツンツンの少し怖そうな男の子だった。
野薔薇ちゃんが教室に一歩を踏み入れ、両手を腰に当ててはぁ、と溜息を吐く。

「マジでイケてない」
「…え?」

野薔薇ちゃんの呆れた一言にパーカーの男の子が首を傾げる。
ツンツン頭の男の子は、目を細めて野薔薇ちゃんを見ていた。

「女子が来るって言うのに、あんたら野郎の興味の無さよ」
「…あ、」

そこでやっと教室の中の二人が私の存在に気づいたようだった。
……今の今まで私は気づかれていなかったのか。自分の存在感の無さにショックを受ける。
そんな私をよそに、パーカーの男の子はガタ、と立ち上がり「よっ」と片手を上げて挨拶をしてくれた。
反応が遅れたけれど、私も「ど、どうも」と小さく首を下げた。

「何、虎杖。知ってるの?」
「おー。前に任務で、先生と行った時に会ったよ」
「名前、あれが頭はカラでバカな虎杖。その後ろで不機嫌そうに睨んでいるけれど、ただただ人見知りなだけの男は伏黒」
「……俺たちの紹介酷くね?」

野薔薇ちゃんが懇切丁寧に二人の紹介をしてくれて、私は苦笑いを零して今度は深く頭を下げた。
紹介内容はともかく、年は近そうだし仲良くなれそうだ。

「苗字、名前と言います、暫くお世話になります」
「固くなるなって。どうせ俺達と一緒に過ごすことになるんだろ。な、先生?」

虎杖くんが優しく笑ってくれて、ほっと緊張の糸が解れた気がした。
だけど、最後の言葉に一瞬思考が止まる。

先生?

虎杖くんの視線は隣の不審者男に向けられており、言われた男も「そうだねぇ」と顎に手を置いて返事をしていた。

前にうちの学校に来た時も、虎杖くんはこの男の事を「先生」と呼んでいたけれど、その時は、いやそんなまさかと本気にはしていなかった。
そう言えば、野薔薇ちゃんもさっき呼んでいた気がする…。
でも虎杖くん以外の二人の反応も見る限り、違和感なくそう呼んでいる気がするので、これは本当に。

「ん? そうだよ、僕、先生なんだ」

考えていた顔がこっちを向いて、まるで私の思考を読んだかのようにニヤリと笑う。
ぐっと近づいてきた顔から逃げるように一歩後ろに下がった所で、野薔薇ちゃんがまた溜息を零す。
「教師って言うより、完全にナンパ師のそれなのよね」と呟く声に、心の中で大きく頷いておいた。

「さて、自己紹介も済んだところで、状況を説明しようか」

パン、と目の前で手を叩き、私達の注目を集める男。
確かに今私は、何の説明もないままに連れてこられている状況である。
母の同意がなければただの誘拐なので、早急にどういうことなのか説明してもらいたいものである。
男は私と野薔薇ちゃんを適当な場所に座らせたかと思うと、全員の前に立ち、にこりと微笑む。

「単刀直入に言うと、名前は僕の可愛い恋人だから、手は出しちゃダメだよ」
「ぶふっ」

思わず口の中の水分が物凄い早さで噴出した。
男はそんな私の反応を見て楽しむようにまた笑う。
私以外の三人は完全に呆れた表情をしていた。

「それはまあ、置いておいて。暫く名前を僕のところで預かることにした。…なるべく傍にいるようにするから、そのつもりでね」

顔の前に人差し指を立てて、なるべく穏やかな口調で言う男だけれど、その言葉の裏に何か重大な問題があるような気がして、私は思わず顔が強張ってしまう。
それは他の三人も同じだったようで、今の今まで黙っていた伏黒くんが小さく手を上げ「先生、」と声を発した。

「どう見ても一般人にしか見えないですけど、先生が守る理由があるってことですか?」
「良い質問だね、恵。名前はね、エナジードリンクみたいなものなんだよ」
「…エナドリ?」

ふざけているのか、この男は。
私はさっきまでの強張っていた表情が完全に崩れ、呆れて男を見つめる。
ただ伏黒くんの表情が暗い。


「その理由はこの娘の血にあるんだけど…つまりは、彼女が食べられたら最後、呪霊のパワーバランスが崩れる上に、僕らにとっては良いことなし。僕としてはそれは凄く避けたいの」


さっきまで気味の悪い笑みを浮かべていたというのに。
急に真面目な表情へと早変わりしたその雰囲気に、私は思わず呼吸が出来なくなった。
え、今なんていった? 私が、食べられたら…? 
指先まで冷えていく感覚。
誰かが冗談だと笑い飛ばしてくれないだろうかと密かに祈るが、誰一人笑う事はない。

「……意味、分かるね?」

全員を順番に見つめて、男はコツコツと靴を鳴らし、私の方へやってくる。
冷や汗が背中を伝う私は、今すぐに逃げ出したくなったけれど、恐怖で身体が動かなかった。
男は無表情だった。
いつものようにニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべてくれればいいのに、と初めてその時思った。

すっと男から伸びてきた手にぎゅっと瞼を閉じた。


「大丈夫、僕が守るって言ったでしょ」


くしゃりと私の頭を撫でる感覚。
閉じていた目を開けて男を見ると、いつの間にか男は目を隠していた布をずらして、優しい目で私を見ていた。
その時、何故だがずっと口にしていなかったし、ほとんど覚えてすらいなかった単語を思い出した。

「五条、さん」

私の恐怖をいつも和らげてくれる存在に、敬意を払わねばならないと、思ったのだ。

トップページへ