まるで私の事好きみたいですね?
「あ、が、つ、ま、先輩ー!」
大慌てでグラウンドに見えた人影に両手を振りながら駆け寄っていく。
その人は私が呼んでいる事に気づくと、くるりと身体を翻し、いつものような爽やかな顔で私に微笑み…。
なんてことはなく、私だと分かると明らかに「げっ」と言いたげな顔で、私が駆け寄ってくるのを待っていた。
嫌そうにしているけれど、それでも私を拒絶しないあたり、本当に我妻先輩は優しい。
「教科書、教室に忘れてましたよ。おっちょこちょいですね」
そう言ってカバンに入れていた先輩の教科書を手渡すと、先輩はすぐに受け取ってくれた。
先輩が帰ってしまう前で良かった、もし帰っていたら家まで尋ねて行かなくてはいけなかったもの。
別にそれでもいいけれど、家の周りをうろうろしていたら、それこそストーカーみたいに思われちゃう。
「……わざわざ持ってきてくれるのは本当に有難いけどさ、何で俺の机に忘れてたものを、名前が持ってくるの? っていうか、放課後に俺の教室行く用事ってなんかあるの? そんでもって俺の机の中を覗く趣味でもあるの? 怖いんだけど何この娘」
「早口で何言ってるんですか、我妻先輩。可愛い後輩が忘れ物を届けてくれたんだから、そこは頭ぽんぽんするところでしょ」
「お前こそ何言ってんの、こわい」
顔面を蒼白にして、教科書と私を見比べてそんなことを言う我妻先輩だけれど、それでも「ありがとう」とぶっきらぼうに答えて、カバンの中へ教科書をしまい込む。
そして私の頭をぽんぽん、と軽く二回撫でると、すぐに背中を向けて歩き始めてしまった。
まさか本当に頭をぽんぽんしてくれるとは思っていなかったので、完全にこれは不意打ちである。
一瞬身体が硬直している間にも、我妻先輩はスタスタと先を歩いて行ってしまう。
気を取り戻した私はその背中を追いかけていく。
我妻先輩を好きになったのは、もう数か月も前だ。
風紀委員で校門に立つ先輩を初めて見たのはずっと前だけれど、話すようになったのはわりと最近。
最初は、風紀委員だけど女子の校則違反には緩いし、彼女持ち男子には信じられないくらい厳しいし、と良くは思っていなかった。
だけど、ある日。
その日、私が帰宅途中に他校の柄の悪い人達に絡まれていた所を、通りかかった我妻先輩が助けてくれた。
いつもの弱々しい態度で、それでも私を庇おうとする姿に心を打たれた。
(でもその後、恐怖が最高潮に達したのか、一瞬気絶した後すぐに起き上がって、他校の人をなぎ倒してしまったのだけど)
それからこうして押しかける日々が続いている。
今では先輩は迷惑そうにしている事から、私の事なんて微塵も想ってくれていないのは分かるんだけど、それでも優しい人だから、拒否はしない。
そんな態度だから、私が毎日こうして先輩に会いに行っちゃうんだよね。
あと先輩には好きな人がいる。
毎日ずっと見ている私がそのことに気づかないはずがない。
だって、一人だけ態度が違うんだもの。
私の一つ下の学年の竈門さん。
同じクラスの竈門炭治郎くんの妹さん。
彼女と話している様子は、誰がどう見ても思いを寄せる女の子に話しかける男の子なんだもの。
その時の先輩を思い浮かべるとどうしても胸が苦しくなっちゃうけど、それでもいい。
先輩が私のことをどうも思ってなくても、私が先輩を好きならそれでいい。
振りむいてくれなくても。
「どうした?」
我妻先輩が不思議そうに顔を覗き込んできていた。
突然の至近距離に私は内心凄く驚いたけれど、そんな様子を見せたくなくて「なんでもないです」と笑う。
色々考えている間に黙りこくっていたらしい。
「いつも頼んでもないのにべらべら喋るのに、今日は大人しいから体調でも悪いのかと思った」
「お望みなら、べらべら喋りましょうか? いくらでもお話できますよ」
我妻先輩のことなら。
「それはいい…。けど、それにしたって、元気ないんじゃないか? なんか嫌な事でもあった?」
「先輩がそんなに私の事心配してくれるなんて、今日は嵐が来るんですかねー」
はぐらかすように笑うと、先輩は口元を少しむっとさせて、視線を逸らした。
分かってる、それでも正直にいう訳にはいかないんです。
どうせ先輩には迷惑なことだから。
「…俺には言えないのかよ」
ぽつりと呟く声が、私の耳にも届いたけれど、それには返事はしなかった。
言うほうが、元気なくなっちゃうんですよ、とは言えなかった。
ちくちくと胸が痛むけど、それにも気づかないふりをした。
◇◇◇
「では、先輩、また明日―」
「……」
分かれ道。
ここで先輩とお別れだ。
私はけろっとした顔で挨拶をしているのに、先輩はさっきからむっとしたまま黙っていて。
これは本格的に嫌われたかもしれない、と思ったけれど、何食わぬ顔でそのままその場を立ち去ろうとした。
きっと明日には元に戻ってくれるだろう、と思っていたのに。
「待って」
後ろから掛かった声に、私の足は止まった。
振り返ろうかどうしようかと迷っている間に、先輩が私の隣にやってきて、
「家まで送る」
と、言う。
今までこんな事なかった。
いつも先輩の下校時について歩いていたけど、分かれ道で必ず別れていた。
今日はどうしたんだろう、変な先輩。
「じゃあ、手を繋いでくれます?」
冗談だ。
いつもの軽口。
なのに先輩は「うん」と言って、私の手を取ってしまった。
これには私もビックリして、口を半開きにし、先輩をまじまじと見つめる。
「どうしたの?」
「いや、先輩こそどうしたんですか?」
「何が?」
「何か悪いものでも食べました? それとも盛大に失恋しました?」
「何なのお前。俺の事なんだと思ってる?」
はあ、と溜息を吐きながらも先輩は手を離さない。
自分で言い出したことだけど、まさか本当に手を繋いでくれるなんて思ってもみなかった。
これはいよいよ嵐がやってくる可能性もある。
でも。
手を繋いでくれた事は素直に嬉しい。
「ふふ」
「何笑ってんの、こえー…」
「ホント先輩、そう言う所ですよ、モテない理由」
「うるせ」
まあ、モテられても困りますけどー。と言ってクスクス笑う。
先輩はまた微妙な顔をして私から目を逸らした。
「何なの、お前」
「私ですか? 先輩の可愛い可愛い後輩ですよ」
「それだけ?」
「それ以外にあります?」
先輩の足が止まる。
私も手を繋いでいるから、一緒に止まった。
先輩は顔を逸らしたまま。ただ難しい顔をしていた。
「俺の事好きだろ、お前」
「ええ、好きですけど」
別に隠していないし、むしろ今まで何度も言ってきた事だし。
照れなんて今更あるわけないけれど、先輩は複雑そうに顔を歪めて。
繋いでいる手を強く握った。
「俺とキスしたいとかの好き?」
「……本当にどうしたんですか、先輩」
ここまでくると先輩の頭の心配をしてしまう。
今日の様子がおかしすぎるから、私は熱を測ろうと先輩の額に手を伸ばした。
でも、その手も先輩に止められて、ぎゅっと握られる。
先輩の金色の瞳が私をじっと見つめている。
「そういう目で見てくれよ、名前」
ドクン、と心臓が跳ねた。
駄目だ、期待しちゃダメ。だって、先輩には好きな人がいるのに。
でも少しだけ期待ちゃう。
あれ、先輩それってまるで、
「まるで私の事好きみたいですね?」
ふざけて笑って言うと、想像していた反応とは違って、顔をほんのり赤く染めた先輩がそこにいた。
あれ?
もしかして、脈ありですか?
取り合えず、想定していなかった展開に、私まで顔が赤くなってしまった。
どうしてくれるんですか、先輩。
あとがき
亜唯さまリクエストありがとうございます〜!
善逸に押せ押せなヒロインちゃんでした。
いつもと違った善逸が書けて嬉しいのと、ちょっとぶきっちょな反応が書けて私は満足です(*'ω'*)
こういう善逸が好みなのです、許してください…。
こんなもので良ければ、お納めくださいませー!
この度はありがとうございました!