そろそろ気付いて
「けーんまくーん、あーそびーましょー」
もうそろそろ5分になる。
いくら羞恥心を母のお腹の中に忘れてきた私と言えど、このまま叫び続けたら近所迷惑になることはよくわかる。
それでも頑なに叫び続けているのは、この家の主が一向に扉を開けないからである。
「けーんーまーくーん」
少し年代を感じる一軒家の引き戸。
あまり強く叩くのは忍びないので、せめてドアをガタガタ揺らす程度に収めている。
孤爪研磨。彼は高校からの友達で、今現在は同じ大学の同級生だ。
大学生の身であるにも関わらず、孤爪研磨という男はそこいらの社会人よりも多忙な毎日を送っている。
一体どのくらい肩書があったか忘れてしまったが、少なくとも自分の収入だけでこの一軒家を借りて生活できるくらいには裕福でもある。
そんな孤爪研磨の家に何故私が土日の昼間から訪ねているのかというと、それは単に私が彼に懸想をしているから他ならない。
「……うるさいよ」
玄関の奥からやっとこさ、待ちに待った人物の声が聞こえて私はピタリと扉を揺らしていた手を止める。
大きなため息とともにガラス戸の向こう側に人影が見えて、カチャカチャとカギを開ける音がする。
数センチ。
片目だけがのぞくくらいの隙間が空いて、私は研磨の片目と目が合った。
「一体何時だと思ってるの」
「何時って、それはこっちのセリフなんですけどー? 研磨の家、時計ある? 今、14時ですが」
「いつ来ても迷惑な事に変わりはないよ」
「じゃあなんで時間聞いたの」
こうやって軽口を叩きながらも研磨は私を中へと招き入れてくれた。
有難く玄関へ足を踏み入れさせてもらって、そそくさと靴を揃えて中へ入る。
「あ、これ、ロールケーキ。あとで一緒に食べよ」
「昼ご飯にする」
「は? ケーキが昼食って、あんたそこいらの女子より女子してるじゃん」
「違う…ただ単に家に食べる物がないだけ」
「なんか買えよ!」
「買っても起きてる時間に配達してくれないし」
「自分で買いに行けよ!」
問答無用で研磨のシアタールームのような部屋へ直行し、部屋の隅に自分の荷物を置く。
こなれた様子でそのままあんまり使われていない台所へ行き、先に包丁でロールケーキを切る。
それを二つ分だけお皿の上に乗せて、あとはすべて冷蔵庫へ突っ込んだ。
フォークを用意し、そのまま研磨の部屋に戻ってくると、呆れた顔の研磨が出迎えてくれる。
「あとで食べるんじゃなかった?」
「だって何も食べてないんでしょ? 先に食べよう」
「まあ、いいけど」
こんな事ならケーキじゃなくて、普通の食材を買ってくればよかった。
そこまでいくと私は押しかけ女房みたいだ。
案外それも悪くはないと思っているけれど、研磨はどう思っているのかさっぱりわからない。
ケーキを近くのサイドテーブルの上に乗せていると、研磨がゲームのコントローラーの用意を始める。
こんな大画面でゲームをするなんて、贅沢の極みだなと思いながらも、私はそれをじっと見つめていた。
「何する?」
「何でも」
そう、こんな風に私達は週に何回か、集まってゲームをする。
高校生の時は研磨はバレー部だったから、あまり遊ぶ時間はなかったけれど、大学生になってからはこうして遊ぶようにしている。
そのおかげで今研磨の周りにいる異性は私だけとなった。
勿論それは私にとって研磨と良い仲になりたいからそうしているわけで。
でも未だにゲームをするだけで終わっている辺り、研磨からすれば友達以外の何者でもないと思われているかもしれない。
「少しは意識しろっつーの」
いつもとそう変わらない研磨の後ろ姿を見ていたら、研磨がバッと振り返り「何か言った?」と首を傾げる。
それに不愛想に「何でもない」と答えて、溜息を吐いた。
「それにしても、名前は何で俺の家に来るの?」
「何でって、ここ最近大学に来てない人が言う? 生存確認しに来てもらっているだけ有難いと思ってね」
研磨の仕事はとても忙しいらしい。
学業をほっといてやっている時もあるから、大学で顔を見る事が最近少なかったりする。
それでも、必要な単位は取れているらしいから、要領がいいのかなんなのか。
羨ましいと思いつつも、それがなければこうして研磨の家に訪ねる口実になっていないので、有難いとも思う。
ゲーム画面が私の敗北を表示したので、私は膝の上にコントローラーを置いた。
無意識に欠伸をしていたらしく、研磨に「眠いの?」と聞かれる。
「昨日大学の友達と飲んでたから、寝不足でね」
「へぇ。名前に友達なんて居たんだ」
「失礼すぎるね研磨くん。ワイワイする友達くらいいるよ?」
「それって男もいる?」
「勿論」
研磨の口から嫉妬を匂わせるような発言が飛び出し、一気に私の心臓は跳ね上がる。
もしかして意識して貰えているのだろうか、なんて淡い期待をした次の瞬間。
「きっと異性として見られてないよ、名前は」
なんて言われてしまって。
それはお前のことだろうが、と思わず口にしそうだった。
寸前のところでなんとか耐えて私はテーブルに突っ伏した。
一瞬でも喜んだ自分がバカみたいだ。こんなにアピールしている(つもり)なのに、一つも研磨に響いていなかったんだなぁ。
もう何かどうでも良くなって、私はそのまま瞼を閉じた。
「寝るの?」
と研磨が聞いていたけど、それに不機嫌に「うん」と答えて私は本格的に意識を手離す事にした。
ふて寝なんて本当はしたくないけど、いつまでも関係の変わらない様子を自覚するのも疲れるのだ。
◇◇◇
コントローラーを置いた名前が突っ伏してから数分後。
規則正しい寝息が聞こえてきたので、その様子を隣で見ていた。
微かに呼吸とともに肩が上下している所を見ると、本当に眠ってしまったらしい。
俺に襲われるなんて微塵も想っていないような態度にやきもきする。
高校生の時も今も、毎日充実している。
仕事はそこそこ楽しいし、やりがいを感じている。
だからついつい、自分の食事とか生活習慣をおざなりにしてしまうけれど、それを名前がこうして正してくれる。
まるで新婚夫婦さながら、俺の家の台所に立つ姿にときめきを覚えない訳もなく。
俺が不真面目な生活を送れば送るほど、名前が世話を焼いてくれる日常が嬉しくて、ここまで来てしまった。
高校生の時から友達だった。
随分長く友達をやっていると、どうやってその関係を崩せばいいのか分からない。
たった一言、「好きだ」と伝えたら名前の本心は全く逆かもしれない。
嫌われてはいないと思うけど、恋人としての好きじゃない、なんて。
そんなのはご免被りたいから、今はまだ友達の延長。
ただの意気地なし、と言われればそれまでだけど。
「男、ね」
お酒も飲める年になってるんだし、名前に男の影の一つや二つあってもおかしくない。
でも、そんなの嫌に決まっているから、俺の願望を口にした。
そしたら忽ち機嫌が悪くなったから、気を害したのかもしれない。
だけど、それは俺もだ。
俺の家に居て、俺の隣にいるのに、他の男と過ごしていた事を利かされたら、平常心で居られるはずがない。
……だったら、さっさと告白の一つでもすればいいって、分かってるけど。
眠っている名前の頬に指先で触れてみる。
ふに、と柔らかい感触。
起きるかなと思ったけど、起きる様子はない。
ここぞとばかりに名前の頭を撫でたり、髪を掬ったり。
普段我慢して出来ない事をしていたら、段々調子に乗っていたらしい。
名前の唇にぴん、と指が触れた。
触れた瞬間、しまったと思ったけど、動きは止まらなかった。
弧を描くように指を動かして撫でる。
どこよりも柔らかい感触に夢中だった。
今、この唇に自分のものを重ねたら、関係が変わるだろうか。
そんなことを考えていたら、自然と自分の顔を近づけていた。
自分の影で名前が覆われた時、俺ははっとして慌てて距離を取った。
自分の頭を抱える様にして座り込んで身体の芯から吐き出す様な重い溜息を吐く。
あー…もうだめっぽい。
お願いだからさ、
そろそろ気付いて
いい加減我慢出来そうにないから。
バクバクと鼓動する心臓を服の上から押さえて、俺は頭を掻きむしった。
あとがき
ミピさま、リクエストありがとうございましたー!
研磨のお話初めて書いたので、こんな感じであっているのかかなり心配です…。
ずっと研磨も書きたかった…!音駒が好きすぎる…。
モヤモヤする研磨を書けて、私としては幸せいっぱいです(*'ω'*)
こんなものでよければお収めくださいませー!
この度はありがとうございました!
お題元「確かに恋だったさま」