全ては男の策略でした
またこの季節がやってきた。
暑苦しい日差し、肌に貼りつく髪。
どれもこれも好きなものでもない、むしろ嫌いではあるけれど、それでもこの季節だけはどうしても嫌いになれない。
何故ならば、あの人と出会ったのがこの季節だからだ。
将来、何になりたいとか、全く想像の出来なかった高3の夏休み。
麦わら帽子を被って外へ出たはいいが、何も一時間かけて遠くの図書館に行くなんて事をするもんじゃなかった。
その証拠にズキンズキンと頭が痛くなってきて、視界がうっすら回っている気がする。
これは真面目にまずい、熱中症、と呼ばれる症状が出ている気がしていた。
飲み物はコンビニで調達するつもりだったから、何も用意していないし。
何で私は最初から自転車で行かなかったんだと、本気で後悔し始めていた。
とうとう歩くこともままならなくなり、そのままアスファルトの上にしゃがみ込む。
無い頭を絞れば、アスファルトからの反射熱がより近くなるので、そんなところでしゃがみ込む事すら自殺行為であることくらい分かったかもしれないのに。
その時の私は、吐き気まで催していてそれどころではなかった。
「……やば」
なんとか声に出来た言葉は、とてもじゃないけど助けを呼ぶほど大きくもなく。
しかもこの日差しの中、道を歩いている人間なんて人っ子一人いなかった。
そのまま、私は身体がぐわんぐわんと回転するような錯覚に陥り、意識を手離した。
次に目が覚めた時には、きっと私はお星さまになっているだろうと思いながら。
脇やおでこ、首回りの冷たさを感じて目を開けた時、あまりの明るさにすぐに瞼を閉じた。
そして恐る恐る開けた瞼の向こうに見えたのは、文字通り知らない天井。
勿論自分の家じゃない。
ここは天国か、なんて天井を睨みつけながら考えていたら、襖が空いて人が入ってくる。
まだ視界がぼやけている中、なんとかその人を見ようと首を回すと、入ってきた人が驚きの声を上げた。
「目が覚めた?」
知らない声だ。
ぼやけた視界の中に見えたのは、その人が金髪であるというくらい。
あとはぴしっとしたスーツ。
声を出そうにもすぐには出てこなかった。
「ウチの前で倒れていたから、介抱したんだ。水でも飲みな」
枕元に置かれたペットボトル。
ペットボトルと伝って雫が畳へしみ込んだ。
「…動ける?」
動けるかと言われて、私は緩く首を振る。
本当は身体を動かしたいのだけど、全然動かない。
そんな私の様子に気づいた男の人がそっと私の背中に腕を入れる。
ゆっくり上半身を起こしてくれて、背中はそのまま支えてくれた。
「ほら」
片手で器用にペットボトルの蓋を開けてくれて。
そのまま私の口元へ。
視界はまだ見えにくいが、ここまで至近距離に近づけば嫌でもわかる。
髪の毛と同じ色をした瞳。
耳の小ぶりなピアス。
心臓が高鳴った。
ごくり、と水が喉を潤していく。
やっと私の喉が声を発するようになったのはそれから数十分後。
その間もずっとその人は私の傍にいて、看病をしてくれた。
「あの」
「ん?」
「ここは、」
「ここは、竈門組総本部。……聞いたことない?」
「かまどぐみ?」
ぽやんとした頭をフル稼働させ「かまどぐみ」の単語を検索する。
数秒後に出た検索結果はここ周辺で一番大きいヤクザの事務所の名前。
一気に血の気が引いていくのを感じ、私は手元のペットボトルを落としそうになった。
「わかったら、さっさと帰んな」
そんな私の失礼な態度を見ても、目の前の男の人は優しく笑うだけで、怒ったりはしなかった。
また心臓が音を立てたのが分かった。
結局その日は、体調が良くなってから家へと帰され、帰された後も夢だったのではないかと思うくらい、非現実的な出来事だった。
「俺は我妻善逸。覚えなくてもいいよ」
帰りの車の中。
我妻さんと名乗ったその人を忘れることは出来なかった。
むしろ忘れない様に目に焼き付けようとさえ、していた。
考えれば考える程胸が苦しくて、その人の晩に布団に潜り込みながら考えたのは、これが一目ぼれだということ。
バカだと分かっていた。
その二日後。完全に体調が回復した私は、今度は自転車で私が倒れた場所まで走った。
今度は飲み物を持参して。
家から数キロ離れたそこは、周辺のお家よりも遥かに大きくて。
外からは中の様子なんて確認できないし、何なら外に黒スーツの人が立っている。
ギロリと睨まれて、怖くなってさっさと帰ろうとしたけど、一目でいいからその人をもう一度見たかった。
お家から少し離れた所で待っていると、黒いリムジンがお家の前に止まる。
中から出てきた人たちの中に、金髪の人を見かけて胸が躍った。
そうして、夏休みの間、私は何度もその人を見に行った。
ばれないようにこっそり。
それだけで幸せだった。
が、ある日。
我妻さんを見て満足し、帰ろうとした私をイカツイ顔面の人達が取り囲む。
雰囲気で「やばい」と察知したけど、時すでに遅し。
逃げられない様に取り囲まれ、そして「ついてきてもらおうか」と無理やり手首を掴まれた。
自転車はその辺に放置。
身一つで引きずられ、連れてこられた先は竈門組の事務所だった。
大きいソファの真ん中に、強面の男たちに挟まれ座らされる。
恐怖でちびってしまいそうだった。
「若頭!」
隣に座っていた男の人が、扉に向かって叫ぶ。
途端、ガチャリと扉が開いて、人が入ってきた。
その人を見て、恐怖で震えていた足は、ぴたりと止まった。
「また倒れたの?」
ふ、と優しい笑みで私の向かいに座る金髪の人。
我妻さんだった。
「…冗談。君にお願いがあって、この場所に来てもらったんだ」
「……は、はい」
「俺の部下になってくれない?」
「は、はい?」
長い足を組んでとても楽しそうに口元を緩める我妻さん。
それも冗談だと聞き流してしまいそうだったが、決して冗談ではなかった。
「じゃないと君を殺さないといけないからさ」
あの時は、にこりと笑って言うことではないと、部下になった大分後で私は我妻さんに怒った。
毎日のように竈門組の付近に居た私に、競争相手の人間がうろついていなかったかという確認だった。
勿論それに協力してしまったら最後、私は竈門組の者と判断されて命を狙われるかもしれない。
だったらこの場で竈門組に入るか、情報を漏らされる前に殺されるかのどちらかを迫られたのだ。
そして、その決断を即席でしてしまったがために、今こうして私はスーツを身に纏い、我妻さんの隣に立っている。
「若頭、あと30分しかありませんので、支度を」
「うるさいなぁ。あと30分もあるんだから、ゆっくりさせて」
「知りませんよ、怒られても」
「それよりさぁ」
寝巻をだらしなく下げつつ、まだ寝ぐせの残る頭。
普段のピシっとした態度はどこへ行ってしまったのだろうか。
何年もお仕えして、朝は弱いという事はよく知っているけれど、そのギャップは危険だ。
ドクン、と胸が鳴った。
「二人の時は、名前で呼んで」
私を壁に追いやって、逃げられない様に顔の横に我妻さんの手がある。
至近距離にある顔を直視できず、私は苦し紛れに顔を背けた。
「ぜ、善逸さん…やめてください」
「嘘。俺の顔好きなくせに」
「好きだからやめてください」
「正直だねぇ、名前は」
あの時からずっと可愛いまんまだ。
ちゅ、と不意打ちのように首筋に口づけを落とされて。
自然と身体を抱きかかえられたかと思うと、先程まで我妻さんが寝ていた布団の上へ。
ぎょっとした私は慌てて抜け出そうと、抵抗してみる。
「あと30分って言いましたよね!?」
「大丈夫大丈夫、炭治郎には俺から言っとくから。たまにはイチャイチャしたいし」
「いやいやいや!」
「じゃ、いただきます」
艶っぽい視線で射抜かれて、私は抵抗する間もなく頂かれてしまうのでした。
全ては男の策略でした
事後、我妻さんに「本当はね、名前を手に入れるために最初から色々手を回していたんだよ」と教えられて、混乱したのは言うまでもない。
あとがき
すみさま、リクエストありがとうございましたー!
ちょっと補足すると、善逸がそれっぽい理由をつけてヒロインちゃんを組に引き入れたという裏話。
最後のイチャイチャの時にはすでに付き合っている設定でした〜。
もっと書き込みたかったのですが…くそぉ。
だめだ、極道もの、好きだ。調子に乗ってしまう。
こんなものでよければお収め下さい…!
ありがとうございました!