あなたの顔見ただけで、ダメになっちゃった。
気味の悪いモノが見えるようになったとほぼ同時に、高専へと引き取られた私にとって、この場所は最高の場所だった。
確かに命の危険がある任務だって少なくないし、怪我だってしょっちゅうだ。
それでも、今まで天涯孤独の身で色々な家をたらい回しにされた挙句、やっと放り込まれた施設で集団に馴染めず地味な嫌がらせを受けるよりも、百倍良い事だった。
勿論集団生活という意味では施設と環境が同じようなものかもしれないけれど、同じ一年の子だってみんないい子だし、先輩たちだって頼れるし。
先生はちょっと変な人だけど。
簡単に言うと、今までの嫌な事はここにたどり着くまでの布石なのだと思うくらいには、ここが気に入っている。
ただ一つ気になることがあるとすれば、それは。
「もう一回お願いします」
「しゃけ」
「……もう一回」
「しゃけ」
呆れたように目を細めて、それでも私のために何度も同じ言葉を繰り返し口にする狗巻先輩。
私はそれがどんな意味を持つのか眉間に皺を寄せ、頭の中で何度も反芻し、そして最後には首を傾げる。
さっぱり分からない。
私の表情で色々悟ったらしい狗巻先輩は「おかか…」と呟いて、軽く手を振り私の前から立ち去ろうとする。
だけども、新しい「狗巻語録」が出てきた所を逃すわけにはいかない、とばかりに狗巻先輩の腕を掴む私。
狗巻先輩が分かりやすく顔をしかめた。
「それは何という意味なんですか!! もう一回教えてください」
「……こんぶ」
「こんぶ…!?」
「……」
先輩は完全に呆れて大きく溜息を吐いたけれど、諦めて私に向かい私の頭を乱暴に撫でて「明太子」と言って去っていった。
また新たな語録を発見してしまった私は、興奮のあまりその背中に突撃かまそうとしたけれど、どこから現れた虎杖の制止によりギリギリと奥歯を噛んでそれを見送ることになった。
「狗巻先輩、今戻ってきたところなんだから、あんまり捕まえてやるなよ」
「だって、なんて言ってるのか気になるんだもの!」
「……本当に厄介な奴に捕まったよな、狗巻先輩」
虎杖も狗巻先輩と同じように呆れていたけれど、私からすれば何でみんな気にならないのか不思議でならない。
だって、あんな可愛いおにぎり語なんて聞いたことがないんだもの。
狗巻先輩が何故おにぎり語を口にするのか、理解はしているし、任務の時は普通の言葉を話す機会だってあることくらい知っている。
それでも何故おにぎり語なんだろうか。
それに二年の先輩たちは皆、狗巻先輩の言葉を理解しているようだし、私もその一員になりたいと心から思っただけなのだ。
「おにぎりの具で会話できるなら、人類皆友達になれるじゃない」
そう言って虎杖に向かって笑うと、虎杖はポリポリと後頭部を掻いて
「お前、偶に壮大な事言うよな」
と珍しく感心したように笑った。
それはそれで失礼な気がしたので、虎杖の右足を渾身の力で踏んづけてやった。
◇◇◇
あれから何度も懲りずに隙あらば狗巻先輩に突撃かまして、少しずつだけど何となく、本当に何となく狗巻先輩の伝えたい事が分かったような気がしてきた。
言葉だけじゃない、その声色や表情だけでも伝わるというところが、本当に狗巻先輩の凄い所なのだ。
狗巻先輩の事を理解しつつあったある時、その時は訪れた。
「狗巻先輩と一緒!!」
「……しゃけ」
伊地知さんの運転する車の後部座席。
初めて狗巻先輩とご一緒する私の興奮を横目に狗巻先輩がジーとハイネックのチャックを上げる。
その声色からは呆れと疲れが感じられたけれど、きっと気のせいだろう。
「私ずっと楽しみにしていたんですよ? 狗巻先輩頑張ってくださいね」
「しゃけ」
「あー…許されるなら、録音したいのに。勿体ないなぁ」
「おかか!」
クワッと狗巻先輩が目を見開いてきたので、きっと物凄い勢いで拒否をされたのだろうけれど、それが理解できるようになって私は本当に嬉しかった。
クスクスと笑いながら「冗談ですよ」と言って、仲良く現場へ直行したのだ。
車の中の雰囲気とは比べ物にならないくらい、悲惨な現場だった。
死人が出ていないだけマシと言えるが、それでも巻き込まれた人の数は知れない。
車を降りた私の表情が凍り付くと同時に、狗巻先輩が背中をトン、と優しく叩く。
狗巻先輩の顔を見ると、狗巻先輩はいつの通りの態度だった。
「ツナマヨ」
「…あ、はい。頑張ります」
何と言ったのか、分からない。
でも、励まされているような気がしてそう答えた。
間違ってはいなかったようで、狗巻先輩はくすりと笑った。
伊地知さんの帳が下りたと同時に、狗巻先輩は目の前の建物に向かって走り出した。
私も負けじとその後ろを追い駆けるが、狗巻先輩の方が速い。
タンタン、と軽やかに階段を駆け上がり、どこから出したのか分からないが、小さな容器の蓋を開けてごくりと一気飲み。
そうこうしているうちに、空気の一番悪そうな階へ辿り着き、私と狗巻先輩の足が止まる。
視界に入ったそれに鼓動が速くなったけれど、さっきの狗巻先輩の言葉を思い出して、ゆっくりと腰の下げていた武器を手に取る。
私の前に立つ狗巻先輩は、ちらっと私の方を見ながらハイネックのチャックを下げて、笑った。
「 動 く な 」
突如と聞こえた言葉に全身が固まり、その瞬間に狗巻先輩の身体が目の前から消えた。
目の前の化け物は何故か動かないで、狗巻先輩が近づくのを黙って待っていた。
それを呆然と見つめながら、私はただただ、動く事ができなかった。
狗巻先輩の呪いの所為じゃない。
そう、それは…未だかつて無いほどの胸の鼓動に戸惑いを覚えたからだ。
「……すじこ?」
気が付けば、私の顔を覗き込むように狗巻先輩が立っていた。
ぺたぺたと私の顔を触って、怪我がないか確認する仕草に、さらに心臓が跳ねた。
「ちょ、ちょちょ!!」
「……こんぶ?」
「何でもないです、お願いですから…こっちに来ないでください!」
あなたの顔見ただけで、ダメになっちゃった。
お仕事で役に立たなかっただけでなく、まさか終わってからも使い物にならないとは。
胸の中で何度も謝りながら、私は今までどうやって狗巻先輩の顔を見ていたのかを必死で思い出そうとしていた。
あとがき
なおさま、リクエストありがとうございましたー!!
狗巻のお話。どうしてもこのおにぎり語から逃げられませんよね(笑)
毎回書くたびに「これであってるのかな〜」と思いながらおにぎり語を多用しております。。。
知らず知らずのうちに女の子の胸を撃ち抜いた狗巻、素晴らしい。
最高のシチュで御座いました…!
こんなものでよければおおさめくださいませ!
この度は本当にありがとうございました!
お題元「確かに恋だった」さま