冗談ではすまされない
「貴女は男なら誰でもいいんですか」
数日前に七海くんに言われた一言が頭から離れない。
その言葉自体は勿論事実無根であるわけなのだけれども、見られた現場が悪かった。
先日の任務で足を怪我した私だけども、怪我自体は大したことは無くて、すぐに任務に復帰した。
けれど、やはりまだ本調子でないからか、足元がふらつきやたらと体勢を崩してしまって、その付近にいた人にもたれかかる始末。
先日は伏黒くん、そしてこの前は狗巻くん。そして一番最近は、五条くん。
その現場をすべて見られていたらしい七海くんに、冒頭の冷たい一言を言われたのだった。
全て不慮の事故であるわけだし、まるで私がビッ〇のように言われるのは正直気分が悪い。
だから柄にもなく「そんなわけないでしょう」と対抗してしまったのが悪かった。
いつもの七海くんなら話せば分かってくれるのに、その日は虫の居所が悪かったらしく、二人そろって険悪なムードに突入。
今日までその空気は引きずったままである。
合同任務と言われて説明を受けた場に七海くんが居たのは正直想定外だった。
しかも今回は宿泊ありの任務と聞いていたので、自ずと拘束時間も長い。
それだけ七海くんと一緒に居るのは、正直気まずい以外の何物でもなかった。
とは言え、七海くんも仕事に私情は挟まない男なので、任務はあっさりすっきり終了。
終わった後に事前に予約して貰っていたホテルへ移動する道中も、沈黙という名の最悪の空気のまま。
ホテルに到着しても空気は変わらず。
何を考えているか分からない七海くんに話しかけるのも気が引けて、私が代表でチェックインすることにした。
一晩寝れば、七海くんとの任務も終了だし。
そんな考えが甘かったことに気づいたのは、ホテルのフロントマンに言われた一言だった。
「大変申し訳ございませんが、事前のご予約を確認した限り本日は一部屋しかご予定を承っておりませんが」
はい?
思わず余所行きの笑顔のまま固まってしまった。
ホテルの予約は窓の人にお願いしていたのだけれど、まさかのミスで一部屋しか予約していなかったとは。
慌てて「他の部屋の用意をお願いします」と言ってみたけど、さらに気まずそうにフロントマンは続ける。
「申し訳御座いません。明日からこの付近のイベントの影響で、本日は満室となっております」
……満室。
つまり、だ。
私と七海くんに用意された部屋は一部屋のみ。
流石に同衾するわけにもいかないので、非常に困った。
加えてこの近辺のホテルもきっと同じような状況だと告げられて、完全に行き場を失った。
今頃、窓の人を恨んだとしてももう遅い。
さて、どうしたものか。
仕方なく一室のみのカードキーを貰って、それを七海くんの元へ持っていく。
……七海くんに正直に言えばきっと七海くんは気を遣って外に出て行ってしまうんだろう。
七海くん的にも喧嘩をしているような相手と一晩一緒に過ごすのは嫌だろうし。
それだけは避けたかった。
喧嘩しているとはいえ、私は七海くんのことが嫌いではないからだ。
勿論、この前の喧嘩のお陰もあって好かれているとは微塵も思っていないけれど。
「はい、これ。七海くんの部屋のキー。ここで解散にしましょ。私はコンビニで買い物してから部屋に戻るから」
なるべく簡潔に。
下手につらつら並べるとすぐに七海くんに嘘だとバレてしまう。
腕を組んで柱に身体を預けていた七海くんは、怪訝そうに私からキーを受け取ると「分かりました」と言ってそのままエレベーターへ向かっていく。
きっとこっちの事なんて見ていない事は分かっているけれども、その背中にひらひらと手を振って、七海くんが視界から消えるまでその場に居た。
エレベーターの扉が閉まって、フロントマンの悲しい視線に耐えきれなくなった頃。
私は溜息を吐いてロビーを後にした。
「まだ10時かぁ…夜は長いなー」
とりあえず、道中にあったファストフード店にでも行くかね。
◇◇◇
部屋についてすぐに頭を冷やすため、シャワーを浴びることにした。
一か月前の自分なら柄にもなく浮足立っていたかもしれないが、数日前の自分の態度により、苗字さんとの空気が悪い。
自分の態度が悪かったのは勿論そうだが、完全に謝罪する機会を失い今日を迎えた。
今思えば、冷静ではなかった。
彼女の小さな肩を支えるのが自分でないことに、分かりやすく苛立った。
ただの八つ当たりであることは十分、分かっていた。
それでも、気が付いたら失礼な事を吐いていた。
彼女は目に見えて怒った。
当たり前だ。少なくとも本心では微塵もそんな事、思ってはいないけれど。
頭を冷やすためにシャワーを浴びたのに、結局完全に冷える事はなかった。
乱暴にタオルで頭を拭っていたら、フロントからの電話が鳴り響く。
特に何も考えずに電話に出ると、想像した通り電話の相手はフロントマンだった。
『このようなお時間に申し訳御座いません』
ちらりと部屋の時計を見ると、日付が変わる寸前だった。
「いえ」と答えて相手の要を尋ねた。
『ご予約時の手違いで今はお二人で一つのお部屋をご利用中かと存じますが、実はつい先程他のお客様からキャンセルが出ましたのでお電話させて頂きました。いかがなさいますか?』
「……は?」
フロントマンの言葉に完全に耳を疑った。
絶句する声に気づかないのか、フロントマンはその後もつらつらと続けていたがこちらはそれどころではない。
二人で一つの部屋? 一体どういうことだ。
彼女は先程何と言っていた?
『はい、これ。七海くんの部屋のキー。ここで解散にしましょ。私はコンビニで買い物してから部屋に戻るから』
そう言って、ロビーで別れた。
彼女の手には一つのカードキーしかなかった。
何故気づかなかったのだろうか。
彼女の気遣いに気づいて、電話口に聞こえないように舌打ちを零した。
「申し訳ありません。後でかけ直します」
『…承知いたしました』
そのセリフを最後まで聞く事無く受話器を下ろし、風呂上りだというのに慌ててシャツに袖を通す。
髪がまだ濡れている事に気も留めず、さっさと着替えを済ませると、自分の部屋を出た。
「……面倒な人だ」
それは彼女に向けた言葉なのか、それとも素直になれない自分に向けたのか。
◇◇◇
「げ、まだ一時前。いい加減ポテトで時間潰すのも限界かな」
結局、ホテルを後にしてファストフードの店に入ったはいいけれど。
朝までポテトやハンバーガーで時間を潰すのは流石に難しいようだ。
同じ味で流石に飽きたし、夜中に油を大量に摂取するとお腹が痛くなる私の体調的にも良くはない。
もう少し時間を潰したら、適当にまた外に出るか、と窓のその外に目を向ける。
ネオンの明かりが良い雰囲気を醸し出しているのに、私と言えば悲しいかな、一人でファストフード店で腐っている。
別に横にイケメンが居ればいいとかそういうわけではない。
「傍に居て欲しいのは一人なわけで」
ぽつりと零す。
例え幻滅されて嫌われていようとも。
その仕事にストイックなところと、本当はとっても優しいところが傍で見られれば、それでよかった。
「せめて、仲直りくらいはしておきたい、ね」
誰に言ったわけでもない。
ただの独り言だ。
だから、その言葉にまさか返事が返ってくるなんてこと、全くの想定外だった。
「だったら、話くらいさせて下さい」
途端に後ろから聞こえた声に、ビクリと身体が揺れる。
窓に映った私の後ろ。
そこには息を切らした珍しく焦った顔の七海くんが居た。
「なんで、ここに」
「夜中に貴女を捜し歩いたからです」
「…え?」
「一晩、外で過ごすつもりだったんですか?」
まだ息を切らしているけれども、身体は逆に冷え切っている。
その身体にペタペタと無意識に触れていたら、七海くんが目を細めて「人の話を聞いていますか?」と少し怒った。
「…一晩くらいどうとでもなるじゃない」
「貴女は自分が妙齢な女性であることをお忘れですか」
「なんだか七海くん、いやらしい言い方するのね」
「誰の所為だと…!」
少し大きな声を上げた七海くんが、すぐに消沈した。
その姿を見て首を傾げていれば、今度はビックリするぐらい小さな声で「私の所為です」と言って私の隣の椅子に腰かけた。
珍しいこともあるものだ。あのクールな七海くんが焦ったり、しょげたり。
呆然とその様子を見ていたら、七海くんが前髪をかき上げて「……何です」と問う。
「いつもの七海くんも素敵だけど、弱った七海くんも素敵だと思っただけよ」
正直にそう言うと、今度は七海くんが呆然として私を見る。
「……この前みたく怒らないんですか」
「怒る?」
「数日前の」
「あぁ、七海くんに失礼な事を言われた時ね」
ぐ、と七海くんが言葉に詰まる。
自分でも自覚していたらしい。
私は思わずクスリと笑った。
「好きな人に誰とでも寝るような女と言われたのはショックだったけど、心にもない事を言っていることくらい分かっているから」
でしょう?と七海くんに言うと、面食らった顔をする七海くん。
その顔もまた珍しい、とばかりに笑って、手元のポテトを一つ口に放り込んだ。
「好きな、人?」
「そう」
「誰が」
「七海くん」
まるで壊れたロボットのように言葉を紡がなくなった七海くんの姿を見たのは、きっと私だけなんだろうなと思う。
私だけしか知らない事を一つ知って、心の中でほくそ笑んだ。
私を探すために夜中走り回ってくれた優しい人だけれど、それでも
散々私を傷つけてくれたのだから、少しくらい意地悪してもいいわよね。
「ねえ、七海くん。今夜一緒に寝ない?」
ふふ、と笑いながら冗談、と言えば、ポテトを摘まんだ私の手を七海くんの大きい手が掴んだ。
びっくりして七海くんを見ると、これまた珍しい、耳を赤くした妙齢な男性がそこにいた。
「冗談で済ませるわけ、ないでしょう」
今晩は一部屋しかないんですから。
と、少し嬉しそうな七海くんが私を無理やり立ち上がらせ、そのままファストフード店を出る。
固く掴まれたては未だに離れることはない。
果たして、部屋についてもこの手は離れてくれるのだろうか。
あとがき
みみさま、リクエストありがとうございます!
リクを頂いた時に詳細なシチュを送って頂いたお陰でルンルンで書かせて頂きました〜!
少し長くなっちゃった…てへぺろ
ほんの少しヘタレなナナミンでお送りさせて頂きました。
弱い男が好きですキリッ
こんなものでよければ、お納めくださいませ〜!
この度はありがとうございました!